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男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


首都圏のベッドタウン。
駅の近くのコンビニは、通勤時間帯は忙しいが、それを過ぎて夜にさしかかると、急に暇になる。
有線放送だけが鳴り響く店内に、来客を知らせるベルが鳴ったかと思うと、その直後、

「お前が、リュウってやつか?」

ドン、と缶コーヒーをレジカウンターに置いたのは、身長が180センチ以上はあろうかという、大柄な青年だった。

「え…。違いますけど」

レジにいたのは、地方から上京してきた大学生、川原キヨシ。
このコンビニで働いて一年半になる、バイトリーダーだった。

「え?」

ものすごい形相で尋ねたものの、拍子抜けしてしまったのは久木崎ヨウスケ。
その体格、気迫を見れば、何らかの武道か格闘技の経験があることは明らかだった。

「あの…。こちら、テープでよろしいですか?」

キヨシはとりあえず仕事をするため、缶コーヒーを手に取った。

「ああ…はい。…じゃあ! リュウってやつはどこにいる?」

いくらか気持ちを取り戻したのか、先ほどと同じ必死の形相で、ヨウスケが尋ねた。
キヨシにしてみれば、まったく訳の分からないお客で戸惑ったが、とりあえず落ち着こうと、下がりかけたメガネを上げた。

「リュウって…。ウチにいるリュウさんは、あの人ですけど…」

キヨシが指さした先には、カウンターの奥でポテトか何かを揚げているのか、一心にフライヤーを見つめる後ろ姿があった。

「あ、あいつが、リュウ…! って、女だろ!」

大きめの制服を着ているが、艶のある黒髪をお団子にまとめたその後ろ姿は、まさしく女性のものだった。

「そ、そうですよ。リュウさんは女性ですよ?」

キヨシがいぶかしげに言うと、ちょうどフライヤーに集中していたリュウが振り返った。

「あ、キヨシ! 揚げすぎちゃったから、食べてもいいデスカ?」

年齢はまだ20歳前か。控えめに言っても、かわいらしい顔立ちだった。
さらにその声もかわいらしく、スタイルも華奢だが、出るところは出ていて、申し分のない体型だった。
一人の女性として見れば、多くの男が恋人にしたいと思うようなルックスだったが、ヨウスケが彼女に期待していたものは、そんなことではないようだった。

「またですか? リュウさん、それわざとですよね。勘弁してくださいよ」

「ごめんナサイ。わざとじゃナイヨ。ドンマイ、ドンマイ!」

「いや、ドンマイの使い方、違いますから」

会話を聞いていると、外国人特有のイントネーションがあり、どうやら彼女は日本人ではないようだった。

「お前…いや、その、アンタがリュウって人か…?」

肩を震わせながら、ヨウスケはやっと声を絞り出していた。

「ン? そうデスヨ。わたしリュウ・シンイェンといいマス。いらっしゃいマセ」

ペコリと頭を下げると、リュウはすぐにまたフライヤーで揚げ物を始めた。
ヨウスケは、キヨシの目から見ても愕然としていた。
そして次の瞬間には、がっくりと肩を落としていた。
それがどうしてなのかはキヨシに分かるはずもなかったが、とりあえず缶コーヒーのお金を払ってほしいと思った。

「あの…128円になります」

「え? ああ…そうか。はい」

気の抜けた表情で、ヨウスケは小銭をポケットから出した。

「ちょうどお預かりします。ありがとうございました」

通常なら、ここでお客とコンビニ店員の関係は終わるはずだった。
しかしヨウスケは、どうやらここにいるリュウというコンビニ店員に会うためだけに、わざわざ来店したらしかった。

「なあ、その…アンタ。リュウさん」

「ハイ? 何ですカ?」

リュウの仕事がひと段落するのを待ってから、ヨウスケは改めて声をかけた。

「俺の知り合いに聞いたんだ。ここのコンビニに、リュウっていう、とてつもなく強いヤツがいるって。俺は空手をやってて、そいつは俺のライバルって感じだったんだが、そのリュウってヤツにコテンパンにやられたらしい」

「ハイ。分かりマス。お疲れ様デス」

リュウはにこにこしながらうなずいた。

「…まさかとは思うけど、アンタがそのリュウってヤツじゃないよな?」

一応の確認だったのだろう。半ばあきらめたような顔で、ため息とともに、尋ねた。

「ハイ。そうだと思いマス。一週間よりチョット前、そんなことがありマシタ」

「はあ?」

商品棚の品出しに出ていたキヨシが振り返るほど、ヨウスケは大きな声を出した。

「アンタが? あの…相塚を? やったのか?」

「ハイ。名前はしりませんケド。だいたいそうだと思いマス。あ、たぶんカ」

にこやかに話すリュウは相変わらず愛らしかったが、その華奢な手足で、ヨウスケのライバルをコテンパンに倒したとは、密かに聞き耳を立てていたキヨシにも、信じられなかった。
というより、普段から一緒にアルバイトをしているキヨシとしては、彼女が突然妙な男に絡まれているとしか思えなかった。

「…アンタ、そんな体で、強いってのか?」

いまだ信じられないながらも、いくらか警戒したように、ヨウスケは唾を飲み込んだ。

「イエイエ。わたし、そんなに強くないデス。もっと強いヒト、たくさんいます。でも、アナタよりは強いカナ」

ピリッと空気が張り詰めたのが、キヨシにも感じられた。

「なんだって? アンタが俺より強いって?」

「ハイ。ゼッタイ強いデス。たぶんじゃありマセン」

数秒の沈黙の後、ヨウスケは深く長い溜息をついた。

「女に手をあげるつもりはないが、見せてくれないかな? アンタの強さってヤツを」

「いいですヨ。でも、今仕事中なので。1時間したら休憩なので、その時でいいデスカ?」

「いいだろう。外で待ってる」

ヨウスケの手の中の缶コーヒーが、メキっと音を立てて、へこんだ。

「あ、でも、約束してくだサイ」

「…なんだ?」

「わたしに負けても、誰にも言わないでくださいネ。わたし、日本でアイドルを目指してるので! 強いのバレたら、こまりマス!」

「…! いいだろう。誰にも言わないよ。俺が負けたらだけどな!」

ヨウスケは吐き捨てるように言って、店を出ていった。
その後ろ姿を確認すると、すぐにキヨシがリュウに駆け寄ってきた。

「ちょっと! リュウさん、本気ですか?」

「ン? わたし、本気です! アイドル目指して、頑張るヨ! キヨシにもサインあげるからネ」

グラビアのアイドルのように、上目づかいでウインクをする。

「それは知ってます。サインももらいました。あのでっかい男の人と何するつもりなんですか? あの人、外で待ってますよ。警察呼んだ方がよくないですか?」

ガラス窓越しに、駐車場で仁王立ちしているヨウスケの後頭部が見えた。

「ダイジョブ、ダイジョブ。すぐ終わりマス。それよりキヨシ、この肉まんの賞味期限過ぎてるから、持って帰っていいデスカ?」

「いや、それはダメです」

すぐ終わるとは何のことなのか、キヨシには分からなかったが、リュウはいつもとまったく変わらない様子で、自分にできることもなさそうだったので、とりあえず様子を見るしかないと思った。

一時間後。

「じゃあ、休憩入りマース」

「あ、はーい」

いつもと同じように休憩の時間が来て、リュウは事務室に入るかと思った。
しかし、店の外に出ていく姿を見て、やはりあの男と何かするつもりなのだと、キヨシは再認識した。

「……!」

キヨシのいるカウンターからは、本棚に隠れて、ヨウスケの大きな体しか見えない。
しかし彼がリュウと何かを話したあと、駐車場の奥に消えていったのが確認できた。
あちらには、夜は人気のない公園しかない。
どうしよう。
あんな強そうな男が、若い女性と二人きりで夜の公園で何をするというのか。
やはり警察に連絡するべきではないのか。
独りで悩んでいると、突然、来店を告げるベルが鳴り、リュウが店内に戻ってきた。

「あー、外は暑いデスネー」

そのまま、何事もなかったかのように事務室へ入っていく。

え? と、キヨシの頭の中に、大量のはてなマークが浮かんだ。
ものの数分で、なんでリュウさんは戻ってきたんだろう。
あの男の人は? どこに行った? 1時間も待ってたのに。
二人は公園で何をしたんだろう?

理解不能すぎて、頭がパンクしそうだったが、リュウに直接聞くことは何か怖いような気がして、聞けなかった。
15分後、リュウが休憩からあがると、すぐに交代で休憩に入った。

「ちょっと、出てきますね」

さりげなく言い残して、公園に向かう。
そこはコンビニの駐車場から道路一本はさんだ場所で、それほど広くはなく、外灯もチラついているような、古い公園だった。

「…!」

植え込みの陰から、恐る恐る公園内を見渡すと、中央の広場でうずくまっている大きな影を発見した。
それはヨウスケに間違いなく、彼は前のめりにうずくまり、両手で下半身をおさえながら、小さく肩を震わせているようだった。
何があったのか、キヨシにはまったく分からなかったが、何か危険なことが起きたように感じて、すぐさま引き返した。

「いらっしゃいマセー。あ、キヨシ。おかえり」

店内に戻ると、リュウがいつもと変わらない様子で、にこにこしている。

「あ、あの…リュウさん。大丈夫?」

「ン? あ、ダイジョブよ。賞味期限過ぎてても、わたし、気にしないカラ」

「いや、そうじゃなくて。さっきの男の人、公園にいましたけど。何があったんですか?」

「あ、まだいた? ちょっと強めに蹴ったからネ。ドンマイ、ドンマイ!」

「強めに、蹴った?」

「ハイ。バシンってネ」

うなずいてにこっと笑うと、キヨシはそれ以上何も聞けなくなった。
何かよく分からないことが起きてることは確かだったが、自分には関係がないと思うことにした。

「リュウさん、ドンマイってゴメンって意味じゃないですよ。あと、僕がいないときに店の肉まん食べないでください」




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3日後。
あれから、コンビニにヨウスケが来ることはなく、キヨシとリュウはいつもと変わらないアルバイトの仕事をこなしていた。
キヨシの疑問はとけなかったが、リュウがそれについて語ることもなかったため、尋ねることもしなかった。

「お疲れさまデシター。キヨシ、一緒に帰りマショウ」

この日はコンビニの店長が夜勤に入るので、二人はシフトを同時に終わらせた。
こういう日、二人は一緒に帰ることも多い。
夜中に女性が独りで歩くのは危ないという配慮があったのだが、キヨシは最近、何だかそうでもないような気もしていた。

「あー、今日も疲れたネ。キヨシは明日も学校デスカ?」

「そうですね。リュウさんは?」

「わたしは明日、歌のレッスンがある。わたし、歌苦手ネ。ダンスは好きだけど」

リュウが日本の大学に留学生として通う傍ら、アイドルを目指すために芸能事務所のレッスンを受けていることを、キヨシは聞いている。

「でも、アイドルは歌いますからね」

「そうデスネー。わたし、オンチかもしれない。口パクでなんとかならないカナー」

意味を分かって言っているのか、とぼけたところがあるのが、リュウの性格だった。
先日のヨウスケの一件以来、なにか彼女に得体のしれないところがあるかもしれないと思い始めていたが、いつものリュウを見れた気がして、キヨシは安心した。

「あの、リュウさん。この前は…」

今は聞けるような気がして、意を決して3日前のことを訪ねようとしたとき、二人が歩く道の先に、大きな人影が見えた。

「お前が、リュウか!」

薄暗い外灯に照らされたその影は大きく、先日のヨウスケと同じか、むしろ肩幅はより広く見えた。
LLサイズのTシャツを弾けさせるような胸板と太い腕、そのたたずまいから、ただ者でないことがキヨシの目にも分かった。

「ハイ。そうですヨ。わたし、リュウ・シンイェンです。コンバンワ」

「あいさつはいい。お前にやられた相塚と久木崎の知り合いのモンだ。何の用か、分かるよな?」

リュウの返事を待たずに、男は腰を落として、空手のようなかまえを取った。
こちらを睨みつけながら、ニヤリと笑うその顔は狂犬のようで、ただ話をしに来たのではないことは明らかだった。

「ハイ。たぶん」

リュウはちょっと首をかしげながら答えたが、特に警戒する様子もなかった。
逆にキヨシの方が、男の気迫に押されて、無意識に後ずさりしていた。

「いい度胸だ。じゃあ、いくぜ! …えっ!?」

男が突然、リュウに向かって大きく踏み込み、前蹴りををはなってきた。
しかし男の脚が振り上げられたその瞬間、スパン! と、リュウの蹴りが男の股間を正確に打ち抜いていた。

「!! むぅうっ…!」

男の下半身から耐えがたい痛みが沸き上がり、その場にひざまずいてしまった。
男にはリュウの動きがまったく見えなかった。
自分の方が先に蹴りを出したはずなのに、リュウの蹴りの方が先に自分に届いていた。
しかもこの金的蹴りは、今までくらったどの蹴りよりも正確に、彼の二つの睾丸をとらえ、打ち抜いていた。
今、この瞬間感じている痛みよりももっともっと強い痛みの波がすぐにやって来ることを、経験上、分かっていた。そしてそれがこの後数時間、続くことも。

「ぐぅ…お…ぉ…!」

痛みの波が、やってきた。
歯を食いしばり、両手で股間をおさえても、どうにもならないことはわかっていた。武道家として、勝負したことを後悔するつもりはなかったが、この痛みは別だった。
ただの一撃で、自分が今まで積み上げてきたものを全否定されるような、精神的にも肉体的にも衝撃的すぎる苦しみが、彼を支配しつつあった。
目の前には、彼にその苦しみを与えたリュウの右脚がある。
こんな細い足で蹴られて、どうしてこれほど苦しまなければならないのか。
男の肉体の永遠の矛盾を感じさせられているようだった。

「あ! 約束してもらうの、忘れてマシタ。わたしに負けたこと、誰にも言わないでくださいネ?」

リュウは自分の前でひざまずく男を見下ろして言ったが、男はそれに答えるどころではないようだった。

「あ、あの、リュウさん…。今、何が…?」

男に気圧されて一歩下がっていたキヨシが、恐る恐る尋ねた。
彼の眼には、今、何が起こったのか。よく見ることができなかった。

「ン? わたし、蹴りマシタ。わたしの勝ち! コイツ、弱いネ」

「け、蹴ったって…」

「ハイ。わたしが蹴ると、いつも一回で動けなくなる。あの、アレ。そこ。なんだっけ? キヨシにもある。わたしにはない」

リュウは日本語が浮かばないのか、キヨシの股間を指さしながら訪ねた。

「え…? あの…金玉ですか?」

「そう! 金玉! 大切なモノ! わたし、そこ蹴るの得意なんデス!」

キヨシは納得した。
素人の彼は、男がリュウに向かってきたとき、思わず目をつぶってしまっていた。しかしその一瞬で、彼女は金的蹴りをはなっていたのだ。
まさに目にもとまらぬ早業だった。

「も、もしかして、この間の店に来た人も、こうやって…?」

思い出してみれば、公園でうずくまるヨウスケも、今のこの男と同じように両手で股間をおさえていたような気がする。
キヨシは自分が股間を蹴られたことなどなかったが、その苦しみは男として、当然想像できるものだった。

「ハイ。あのときも一回だったネ。男は金玉蹴られると弱い。女の方が強いネ!」

「ハ、ハハ…」

ガッツポーズをして見せるリュウに、キヨシは何も言えなかった。

「ふ、ふざけんな…!」

振り向くと、殴りかかってきた男が、片手で股間をおさえながら、ゆっくりと立ち上がっていた。

「俺と相塚と久木崎…。ガキの頃からのライバルだ。同じ道場で死ぬほど稽古して、強くなってきたんだ。それが…お前なんかに…!」

下半身の痛みはいっこうにおさまる気配はなかったが、男の意地と理不尽な敗北への怒りで、立ち上がったようだった。

「お前の金蹴りなんかで、負けてたまるか!」

男は痛みを振り払うかのように、吠えた。
しかしリュウの方は、特に動じる様子もなく、残念そうに首をかしげた。

「ンー。そうデスカ。でも、男が金玉痛いのは、しょうがないデス。もうやめた方がいいヨ」

「うるせえ!」

男はいきなり殴りかかってきた。
リュウは慌てる様子もなく、それをかわした。
大きな拳が、空を切り裂く。
下半身に痛みを抱えながらとは思えないパンチだった。

「おらっ! せいっ!」

歯を食いしばりながら、男は次々に攻撃を繰り出していく。
しかしそれらをすべて、リュウはかわしたり、いなしたりしてしのいでいた。

「ン、そうデスネ。この前のヒトより、オマエの方が強いかも」

リュウの動きは軽やかで、まったく淀みがない足さばきだった。
さらに時折、男の攻撃にわずかに手を当てて、力の方向を変えたりしているようだった。
それはまさに達人と言っていいレベルで、キヨシの目にも、ただ事でないことがはっきりとわかった。

「なに!?」

ヨウスケより強いと言われて、男は少しだけうれしそうに反応した。
攻撃はすべてかわされていたが、残り少ない体力で、渾身の一撃を繰り出そうとした。
その時、

「でも、わたしの方が強い」

スッとリュウが男の懐に入り、しゃがみこんだ。
スパァン、と気持ちのいい音がして、リュウの裏拳が、男の股間に突き刺さった。

「ひっ!」

思わず、キヨシが声を上げた。
まだ痛みが残っているであろう金的を、再び打ちつけるなど、男としては考えられないことだった。

「はぐっ!」

男の意識は、あるいはここで半分以上、飛んでいたかもしれない。
出しかけた右の拳が、ゆっくりと、リュウの頭上を流れていく。

「ハイヨォ!」

リュウは男の腕を取ると、その力の流れを利用するかのように、男の巨体をぐるりとひっくり返した。
ドスン、とアスファルトに背中から落とされる。
その瞬間、男の意識が戻ったようだった。

「かはっ! あ…え…?」

いきなりあおむけで空を見上げさせられた男は、状況が理解できなかった。
しかしその目に、大きく足を振り上げたリュウの姿が映ると、本能的に危険を察知した。

「ちょっ! やめ…! ごめんなさ…」

「ハイッ!」

リュウは無情にも、男の股間に踵を振り下ろした。
グシっと鈍い音が、キヨシの耳にも聞こえた。
男はもはや声にならない悲鳴を上げて、両手で股間をおさえて丸くなり、左右にゴロゴロと転がった。
3回も金的を打たれて、想像を絶するような痛みが男の全身に広がっているはずだった。

「フウ。やっぱり金玉が便利ネ。すぐ終わるから」

リュウはにこやかにキヨシを振り返った。
まるでアルバイトのひと仕事を終えたような感想だった。

「つ、強いんですね、リュウさん。知らなかった…」

「ン? チガウチガウ。わたし、ぜんぜん強くない。もっと強いヒト、たくさんいるネ。コイツが弱かっただけ」

「そ、そうなんですか?」

どこまで本気で言っているのか、あるいは全部本気なのか、キヨシには分からなかった。

「あ、そうそう。約束守ってくださいネ。わたしに負けたコト、誰にもいわないでくだサイ」

すでに転がるのをやめて、全身を震わせながら痛みに耐えている様子の男に向かって、リュウは確認した。
男は内容を理解できたのかどうか、無心にうなずいたようだった。

「…ていうか、この前店に来た人、その人に話してますよね、絶対」

ふとキヨシが口走った。
それを聞いて、リュウもハッと気がついたようだった。

「そうだネ! ゼッタイそうだ。アイツ、オマエに話してるヨ! アー、もう。アイドルが金玉蹴るのバレたら、ダメだヨ。…ダメかな? ダメ?」

「ダメ…だと思います」

キヨシは思わず答えてしまった。

「そうだよネー。もう! 今度はゼッタイ言わないでヨ! オマエの友達にも伝えて! もし誰かに言ったら、オマエたちのタマゴ、潰すぞって!」

男は口から涎を流しながらも、力を振り絞って、必死にうなずいたようだった。

「ン。よし。お願いしますネ。じゃあ、キヨシ、帰ろっか? …あ、そうだ」

「は、はい。何ですか?」

何か思い出したように、リュウはキヨシを見つめた。

「キヨシも内緒にしてくださいネ? もしバラしたら、キヨシのタマゴも潰しますヨ?」

にっこりと笑ったその笑顔は、キヨシの背中に寒気を走らせるのに十分だった。
キヨシは唾をごくりと飲み込んで、うなずいた。

「リュウさん…タマゴじゃなくて、タマですよね? あとアイドルは、男のタマを潰したりしないですよ、絶対」

「エー、そうなの? アイドルは潰したことないの? 誰も?」

「誰もないと思います。たぶん…」

二人は話しながら、歩き去っていった。





―中国武術会で、生きる伝説、武術の神といわれている老師にうかがいます。老師にとって、武とはなんでしょう?

「ホッホッホ…。わしが武術の神とな。それは光栄なことだ。…しかし残念ながら、わしではない。もし本当に、武術の神がいるとすれば、それはあの子の中に宿っておるよ」

―あの子、とは?

「わしの弟子のひとりにな、その身に武術の神を宿した子がおる。わしもずいぶんたくさんの武道家を見てきたが、あれほどの天才を他に知らん。もちろん、わしを含めてな」

―それは、どなたのことですか? 今、どこに?

「今は日本におると聞いたかな。しかし、期待してはいかんぞ。あの子はまさしく武の化身、武術の神を体に宿しておるがな。残念ながら、神は今、休憩中なんじゃ」

―休憩ですか?

「そう。長い長い武の歴史じゃからな。神も少しくらい休憩してもかまわんじゃろ。なあ?」




十数年前。
中国武術会にその人ありと言われたリュウ・ユンシャンは一人の弟子をむかえた。
いや、弟子というほどのものでもない。もはや老齢になり、稽古をすることも少なくなった彼のもとに、親戚の女の子を鍛えてほしいという依頼がきたのである。

「この子ときたら、まったく運動が嫌いで、外に出て遊ぼうとしないんです。家の中でテレビやマンガばかり見て。ちょっとは体を鍛えて、丈夫になってほしいと思うんですが。

「ふむ。最近の子は、まあそうしたものじゃな。どれ、わしが少し稽古をつけてやろうか」

「ああ、老師。そうして頂けると、助かります。ほら! あいさつなさい。この人は偉い武道家で、お前のひいおじいさんの弟なんだよ」

「…こんにちは、老師」

「うむ。こんにちは。これから時間を作って、わしのところに来なさい。お前に武術を教えてやろう」

「…はい」

「じゃあ、よろしくお願いします」




6歳の女の子が、中国武術界で神とまで謳われる人物に教えを受けて半年。
あるとき、老師はふと気がついた。

(コイツ、わしより強くない?)

母親の言葉通り、まったく運動をしたことがなかった女の子は、最初はぎこちなく、堅い動きで老師の真似をするばかりだったが、異様に吸収力が高い。
というより、武術の動きに関して、まるで生まれたときから知っていたかのように完璧にこなしてしまっていた。

「えいっ! やあっ!」

老師は基本的な型を教えるだけだったが、その手足の動き、重心の位置、拳や蹴り脚に体重をのせるタイミング、すべてが百万分の一の誤差もなく、完璧だった。

(わしがこの域に達するまで、30年はかかった…)

あるいは達人と言われる老師だからこそ、それが分かったのかもしれない。
武術に身を捧げて数十年、若いころのような力は失われたが、だからこそその技は徹底的に無駄を排した鋭さがある。
果てしない修練の末、たどり着いた珠玉のような動きを、少女は完璧にトレースし、今ではさらにその先に行こうとしているように見えた。

「のう、小猫よ。ちょっとわしに打ってこんか」

小さい猫と、老師は少女をそう呼んでいた。

「はい。え…と。突きですか?」

「なんでもよい。好きに打ってこい」

技の動きだけではまだ何とも言えぬ、と老師は思った。
彼自身、若いころには武者修行と称して、ずいぶんと無茶な勝負をした。
その数は、とてもすべては思い出せないほど。人には言えぬが、決闘の末、殺めてしまった相手も、片手ではおさまらぬほどにいる。
そんな老師が、久しぶりに手合わせをしたいと思う欲にかられたのは、自らの弟子である、6歳の女の子だった。
しかも彼女は、武術を始めてまだ半年だった。

「はい。…えい!」

少女の拳が、師匠の腹をめがけて突き出された。
パシっと、老師はその皺だらけの掌で、小さな拳をとめた。

「……!」

ヒヤリとした。
いまの拳のように、正確に、完璧な角度でみぞおちを狙われたのは、いつ以来か。老師はちょっと思い出せなかった。
型は教えたが、人体の急所まで教えたことはなかった。

「…続けなさい」

老師は腰を落とし、かまえた。
彼がこれほど本気で武術のかまえを取るのは、おそらく10年ぶり以上のことだった。

「はい。…やあっ! とっ!」

かわいらしい掛け声とともに、少女は攻撃を繰り出した。
その一つ一つが、老師が教えた型の中にある動きではあったが、ここまで正確に人の急所を狙えるものか。
しかも彼女は、人に向かって拳を打つのは、これが初めてではないのか。
少女の攻撃を受け止めながら、老師は驚愕の思いを隠せなかった。
しかも。

「しっ!」

昔の血が騒いだのか、少女の蹴りを受け止めると同時に、老師は突きを少女の顔面にはなってしまった。
しまったと思ったが、少女は意外そうな顔もせず、老師の拳をスッとよけた。

「む…!」

決して手加減したわけではなかった。
むしろ無意識に出した拳の方が、実戦ではよく当たることがある。
それをこの少女は、なんなくかわしたのだ。人から殴られるということ自体、初めてであるかもしれないのに。

「小猫、少し、避けてみい」

老師はそう言うと、先ほどのような突きを、少女の顔面に向けてはなった。
もちろん当たりそうなときは、寸止めにする準備はしている。
しかしそんな心配もなく、少女は次々に繰り出される老師の突きを、何気なくかわし続けた。

「ふむ。なかなか。わしの拳が見えておるか?」

「はい。あの…もっと速く突いても大丈夫ですよ?」

老師は驚いた。
手加減したつもりはなく、今、打てる最大限のスピードの突きと言っても過言ではなかった。
それをなんなくかわしてしまうとは。

「ふむ。よかろう。今日はこれまでにしようか」

「はい。ありがとうございます」

少女はにっこりと笑って、頭を下げた。

(この子は天才じゃな。しかも天才の中の天才。武術の大天才とは、この子のことじゃ)

長い武術経験の中で、老師は才能というものの存在に気がついてはいた。自分自身、人よりもそれが多く生まれついているという自負もあったが、その自信は、今、打ち砕かれた。
あるいは歴史上でも類を見ないほどの武術の才能が、ここにある。それが自分の弟子であるということが、彼ほどの年齢になれば、素直にうれしく思えた。
この子を鍛えて、歴史的な武道家にしてやろうという気持ちが、なかったわけではない。
しかし。

「小猫よ、武術は楽しいか?」

「…うーん。あんまり楽しくない」

この瞬間の方が、老師はよほど衝撃を受けた。
これほどの才能を持って、これほどの動きをして、この年ですでに世界中の凡百の武道家を上回る実力を備えていて、それでも武術が楽しくないということらしい。

「テレビを見てる方が、楽しい。わたし、アイドルが好きなの。わたしもあんな風になりたい」

目を輝かせて語る表情は、武術を教わっている時より、よほど楽しそうだった。
才能というのは、人生というものは奇妙なものだと、老師は改めて実感した。

(この子の中にいる武術の神は、今は眠っておる。いずれ、起きるときがくるかどうか)

老師は心の中でため息をついた。
自分が生きている間に、この武術の神が目覚めることを願ってやまなかった。





とある蒸し暑い夜。
コンビニの近くにある古い公園に、アイドルを目指す女の子、リュウ・シンイェンが立っていた。
耳にはコードレスのイヤホンをつけて、目をつぶり、何やらリズムを取っている。
と、突然彼女は体を動かし始めた。

シュッ! バッ!

と、身につけている大きめのコンビニ店員の制服が、衣擦れる音が響く。
その動きの素早さ、キレ。正統派中国拳法の型の稽古かと思われたが、よく見れば、それはテレビのアイドルグループの振り付けのようだった。
しかし異様なほどに、体幹や重心がブレない。
動きに、まったく力みがない。
無駄な動きが一切消えている。
はたで見ている人間に音楽は聞こえなくても、そのリズムがはっきりとわかるくらい、完璧な動きだった。

「ン。好咧!」

踊り終えると、手ごたえがあったかのようにつぶやいた。
彼女はアイドルになるため、芸能事務所でレッスンを受けており、これはその課題か何かだったのだろう。
実際、彼女はダンスを覚えるのは得意で、ほとんどの動きを一度見るだけで再現することができた。
しかし、アイドルグループのダンスというのは、稚拙だったり未熟な部分があり、それを一生懸命やるからこそかわいらしいという面もあり、異様なまでのキレを持つ彼女のダンスがアイドルとしてふさわしいかどうかは微妙だった。

「いやあ、上手、上手。いいねえ」

と、パチパチと拍手をしながらリュウの方に男が近づいてきた。
大柄な男で、その体格から、何かスポーツをやっていることは確かだった。

「ン? ありがとうございマス。わたし、リュウ・シンイェエンといいマス。アイドル目指してマス!」

夜の公園で、突然男から声をかけられても、リュウに慌てたり恐れたりする様子はなかった。
むしろこうやって自己紹介をすることがアイドルの使命だと思っているらしかった。

「へー。リュウさんはアレ? 中国の人なの?」

「そうですネ。わたし、中国から来ました」

「へー。そうなんだ。かわいいねぇ。へー」

男は酔っぱらっているようだった。
顔を赤くしながら、リュウの体を舐めるように観察していた。

「そうですか? ありがとうございマス」

リュウはにっこりと笑った。
その笑顔を見て、男は唇を舌で舐めた。

「いや、ホントかわいいよ。アイドルみたいだね。でさぁ、よかったらちょっとご飯でも食べに行かない? 今から」

「ン? 今からですか? スイマセン。今、仕事中なので。わたし、休憩してる。もう戻らないと」

「ああ、そうなの? そこのコンビニ? へー。まあ、いいじゃん。サボっちゃえばさ」

男は相当酔っぱらっているのか、ろれつの回らない様子で言うと、リュウの腕を無造作に掴んだ。
その顔には、いやらしい笑顔が張りついている。
しかし、次の瞬間。

ブン! と、大きな体が空を切って回転し、男は地面に尻もちをついた。
しっかりと握っていたはずのリュウの腕は、いつの間にか外されていた。

「お兄さん、オサワリはやめてくださいネ?」

男を見下ろして、リュウは言った。目の奥は笑っていなかった。
そのまま立ち去ろうとすると、男は慌てて立ち上がった。

「ちょっ! 待てっ!」

自分の半分も体重がないような女の子に投げられたがショックだったのか、男は背中を向けたリュウの肩に乱暴に手を伸ばした。

ピシッ! と、男の手はリュウの肩に触れる寸前で、弾き飛ばされた。
そして気がつくと、中指を出したリュウの一本拳が男の顔面に寸止めされていた。

「わたし、酔っ払いキライ。次は当てるヨ」

厳しい表情で、リュウは男を睨みつけた。
リュウの拳は、男の顔面の急所、人中スレスレで止まっている。
男にはそれがいつの間にはなたれたのか、まったく見えなかった。

「…やるな。お前、何者だよ?」

バッと飛び下がり、男は腰を落とした。
その動きから、男が何かの武道をやっていることが、リュウにもわかった。

「わたし、リュウ・シンイェン。アイドル目指してマス」

「へっ! 今のがアイドルのパンチかよ。俺は相塚っていうんだ。知らないだろうが、空手の世界ではそこそこ有名なんだよ」

「フーン。じゃあわたし、仕事戻りますヨ」

「待てよ! せっかく日本に来たんだから、空手のことも勉強していきな。おらっ!」

男、相塚はもう酔いがさめたようで、しっかりとした腰つきから、リュウの顔面めがけて正拳突きをはなってきた。
しかし次の瞬間、車にでも跳ね飛ばされたような衝撃を感じ、後ろに3メートルほども吹っ飛ばされてしまう。

「くっ…はっ!」

一時的な呼吸困難に陥ったようで、胸をおさえる。
見ると、リュウが腰を落とした状態で、背中を見せて立っている。
向かってくる相手にカウンターで体当たりをする中国拳法の技を、見たことがあるような気がする。

「空手は知ってマス。ユーチューブで見た」

「く…そ…!」

相塚は苦しみながらも立ち上がり、再びかまえをとった。

「エー、まだやるの?」

「まだ…だ! 本当の空手を見せてやるぜ!」

相塚は普段から相当稽古を積んでいるのだろう。自分の技が通用しないはずがないというプライドを守るため、必死の形相で向かってきた。

「せいっ! らぁっ!」

前蹴り、突き、と次々に攻撃を繰り出すが、リュウはそれをことごとく避けてしまっていた。
そして。

ズン! と、みぞおちに、リュウの正拳突きが決まった。
それはまさしく日本伝統空手の突きで、非の打ちどころのないきれいな突きだった。

「がはっ!」

リュウの小さな拳が完璧にみぞおちに入ったようで、相塚の呼吸が止まり、膝をついてしまう。

「空手って、コレでしょ? もう知ってるカラ。見なくてもいいデス!」

相塚はあるいは肉体以上に、大きな精神的ダメージを負っていた。
自分より年下の、これほど細い体つきをした少女に、自分は膝をつかされている。
しかも少女がはなった正拳突きは、自分でもよほど調子のいいときにしかできない突きで、実戦でできることなど考えられないくらい、理想的すぎる正拳突きだった。

「く…まだ…終わってないぜ…!」

もはや少女を制圧してやろうという気持ちは消え去り、むしろ強大な相手に胸を貸してもらいたいとさえ、相塚は思っていた。
しかし、リュウにとっては本当に迷惑だったようで、

「なんなんデスカ、もう! ホントにうざい! バカ! もう休憩時間終わってるんですケド!」

「へ…そうかい…。おれはまだまだいけるぜ…」

相塚の意識は、もはや朦朧としているようだった。
武道家としての本能で、強者に立ち向かおうとしているのかもしれない。

「うるっさい! もう! …次で終わりにしマス!」

リュウは怒りながら何かに気がついたようで、初めて中国拳法のかまえをとってみせた。

「お…!」

その姿はまさに達人で、一分の隙もなく、相塚のように武道をやっているものから見れば、神々しくさえあった。
こんなかまえに対して打ち込めることなど、そうそう経験できることではない。
どんな反撃がくるかと、むしろ心待ちにするように、相塚は正拳突きを打ち込んでいった。

「せいっ! …うっ!?」

相塚の拳がリュウの顔面に届く寸前、リュウの前蹴りが、股間に突き刺さっていた。
スピード、角度、タイミング、打点。どれをとっても完璧な、金的蹴りだった。

「うぐぅ…!!」

予想していた以上の苦痛に、相塚は膝をついた。
年下の少女の前で両手で股間をおさえてうずくまるという屈辱は、この痛みの前ではまったく意味をなさなかった。
もはや全身に痛み以外の感覚はなく、脂汗で顔面が土にまみれようとも、それを払うことすらできなかった。
さらに、

「オマエ、しつこい!」

リュウの手が、うずくまる相塚の尻の方から伸び、その睾丸を捕まえた。

「はぐうっ!!」

どうやって股間をおさえる相塚の両手をすり抜けたのか分からなかった。
そしてこの握り方。
リュウの握力は決して強いというわけではないが、男の睾丸を知り尽くしたかのように、しっかりとピンポイントで圧力を加えている。
男の一番痛い部分、急所の中の急所を把握していなければできない技だった。

「わたし、すごい迷惑シタ! もうゼッタイ来ないでヨ!」

「は、はいぃ! はいっ!」

男の睾丸は楕円形で、袋の中で逃げるため、普通は掴みづらい。
しかしリュウはその小さな手で、少しも逃がさずに相塚の睾丸を二つとも握り続けている。

「あと、わたしに負けたコト、誰にも言わないでヨ? わたし、アイドル目指してるから。アイドルが男より強いと困る。でしょ?」

「はい…。そう…ですね…あっ!」

相塚の意識が飛びそうになるたび、地獄のような痛みが股間を襲ってきた。
それを聞いて満足したのか、リュウは相塚の睾丸をはなしてやった。

「はっ! ううぅ…」

相塚はもはや何も言えず、涙と鼻水を流しながら、その場にうずくまってしまった。

「お疲れ様デシタ」

リュウはちょっと頭を下げると、仕事に戻るのだろう。公園を立ち去って行った。





「ああ…。そういうことがあったんですね」

夜のコンビニのアルバイト中、リュウの話を聞いて、キヨシはようやく納得できた。
その相塚の空手仲間が、先日コンビニを訪れたヨウスケや道端で突然襲ってきた男だったのだろう。
状況から推測すると、彼らは相当な空手の使い手だったと思われるが、結局リュウに触れることすらかなわなかったのだ。

「ハイ。ありマシタ。わたし、その時気がついた。早く終わらせるには、金玉蹴るのが一番いいって。どんなに丈夫な男でも、金玉蹴られたら諦めるネ。金玉、便利!」

「ああ、それはまあ、そうかもしれないですね…」

キヨシの股間で、金玉袋がキュッと縮こまったような気がした。

「でも、リュウさんはホントに強いんですね。どうしてそんなに強くなったんですか?」

「ウソ! わたし、ぜんぜん強くない。わたしの先生の方が、もっともっと強いヨ」

「へー。そうなんですか」

それが本当なのかどうか、本当だとして、その先生の強さはどれほどなのか、キヨシにとっては想像もできなかった。

「でもわたし、強いと弱いとか、どうでもイイ。試合するのもキライだったし、いつも先生に怒られてた。わたし、どうしてもアイドルになりたかったから、日本に逃げてきたヨ」

「そうなんですね。まあでも、この間みたいなことはそうそう…」

言いかけたとき、コンビニの来客を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませー。…あ」

振り向くと、大柄な男が眉を吊り上げ、いまにも飛びかかってきそうな表情で立っていた。

「リュウってのは、お前か?」

虎が吠えるように、男は叫んだ。

「あ、いえ…違いますけど…」

キヨシがリュウの方を見ると、リュウは深いため息をついていた。




終わり。




ドッジボールといえば、子供の大好きな遊びの一つである。
ルールは単純明快。ボールをぶつけられた人は外野に下がり、先に内野から人がいなくなった方が負けである。
その際、外野の人間が敵の内野にボールをぶつければ、一度だけ自分の内野に戻ることができるのだが、3年2組のドッジボールでは、少々事情が違っていた。
このドッジボールでは、男子がボールに当たって外野にいった場合、ほとんど内野に戻ることは不可能だったのだ。
その理由とは…

「シンイチ! 女子を狙え、女子を!」

体育の時間。今日の授業は、男女が入り混じったドッジボールだった。
コウタが、ボールを持った仲間のシンイチに叫んだ。
言われなくても、シンイチを始めとする男子全員が、真っ先に女子を狙うつもりだった。
しかも、できるだけ女子の恨みを買わないように、当たっても痛くないように、緩やかなボールで、慎重に狙わなければいけない。

「えい!」

シンイチは相手チームの女子、ミキを狙ってボールを投げた。

「きゃあ!」

するとまずいことに、シンイチの投げたボールは、ミキの頭に当たり、ミキは悲鳴を上げて倒れてしまった。

「あ! ヤバイ!」

思わず、シンイチは青ざめた。

「ノーカウント!」

審判役をしていた女性教師が、宣言した。
小学生のドッジボールでは、首から上にボールが当たっても、セーフになるルールがほとんどだったのだ。

「いったーい! よくもやったわね!」

しかしシンイチが青ざめたのは、ミキがセーフだったからではなく、頭に当ててしまったことで、ミキの怒りを買ってしまったことだった。

「覚悟しなさい、シンイチ君!」

ミキは転がっていたボールを拾うと、シンイチめがけて走っていった。
その狙いは、シンイチの股間にある。

「えい!」

「うわっ!」

ミキが声を上げると、思わずシンイチはその場で飛びあがって、ボールをよけようとした。
しかし、ミキはボールを投げておらず、フェイントを仕掛けていたのだ。

「いただき!」

シンイチが大きく足を広げて着地したところを、ミキは狙いすましてボールを投げた。
ズドン!
と、ミキが投げたドッジボールはシンイチの股間に見事命中し、シンイチの金玉を押し潰した。

「あぐっ!」

シンイチは股間をおさえて、その場に座り込んでしまった。
他のところに当たれば何でもない、女子の投げたボールだが、金玉に当たれば別である。
重苦しい痛みがシンイチの下腹部に広がり、立ち上がることもできない。

「アウト! シンイチ君、早く外野にいきなさい」

女性教師は宣言し、無情にもシンイチに動くことを促した。

「あ…は、はい…」

シンイチは涙目になりながら、なんとかうなずく。
それを見たシンイチと同チームのカエデが、女性教師に言ってやった。

「先生、ダメだよ、シンイチ君はタマタマに当たっちゃったから、しばらく立てないと思うよ」

「え? そうなの? 大丈夫、シンイチ君?」

「はい…なんとか…」

シンイチは中腰になりながら外野に出て、そのままうずくまってしまった。

「くっそー! 金玉狙いやがって。反則だろ! ノーカウントだぞ!」

コウタが悔しそうに怒鳴った。
しかし、ボールを見事に股間に当てたミキは、まったく気にしていない様子だった。

「なんでー? 頭はノーカウントだけど、金玉は別に反則じゃないでしょ? ねー、先生?」

ミキが尋ねると、女性教師は少し戸惑ったような顔をした。

「え? そうねえ。別に…。ちょっと痛いんだろうけど、危険というわけでもないだろうし…」

男子達にとっては、顔面にボールが直撃するよりも、金玉をかすめる方がよっぽど危険なことだったのだが、女性教師にそれが分かるはずもなく、あっさりと股間狙いを認めてしまった。

「ほうらね。さあ、そっちのボールでしょ。続けましょう!」

ミキが言うと、コウタのチームのサユリが、ボールを拾った。

「よーし。じゃあ、こっちもお返しに、男子を狙っちゃおー」

サユリは敵チームのリョウヘイに狙いをつけると、その股間めがけてボールを投げた。

「うわっ!」

サユリのボールは、リョウヘイの足元でワンバウンドする、低く外れたボールだったが、リョウヘイは金玉の恐怖から、思わず大きくジャンプしてよけてしまう。

「もらったー!」

リョウヘイが避けたボールを、外野のケイコが拾った。
ケイコはリョウヘイの体勢が崩れているのを見て、間髪いれずにボールを投げる。当然、股間めがけてである。

「ぐへっ!」

ケイコのボールは見事にリョウヘイの股間に当たり、その金玉を押し潰した。

「うぐぐぐ…」

リョウヘイもまた、その場に座り込んでしまった。

「アウト! リョウヘイ君、外野に行って」

女性教師が指示をする。

「は、はいぃ…」

リョウヘイは痛む金玉をおさえながら、よろよろと外野に出て、そこでうずくまった。
こんな調子で、女子は男子の股間を狙い、次々と外野でうずくまる男子が増えていった。
金玉にボールを当てられた男子は、しばらく立ち上がることもできず、かろうじて立てたとしても、ボールを投げることなどとてもできなかった。
結局、内野に残っているのは女子ばかりになってしまうのが、3年2組のドッジボールだった。

「もう。男の子たちはだらしないわね。しょうがない。気分が悪いなら、保健室に行きなさい」

状況を見かねた女性教師が、特にひどい痛みにうめいている2,3人の男子を連れて、保健室に行くことにした。

「先生は一緒に行ってくるから、ちょっとの間、みんなでやっててね」

女性教師は運動場を離れていった。
これを好機と見たのは、女の子たちであった。
すでにほとんどの男子は外野に下がり、内野にいるのは女の子ばかりになっている。
ただ一人残っていたのは、クラスの男子のリーダー的存在のコウタだった。

「ていうかさ、もう男子で残ってるのって、コウタだけなんだね」

コウタは敵チームのミキにそう言われて、ギクッとした。

「コウタが抜ければ、女子の数は一緒じゃない? そしたら、また一からスタートできるじゃん」

ミキと同チームのサユリが言うと、コウタの味方であるカエデまでもがうなずいた。

「あ、そうだね。じゃあ、コウタには抜けてもらおっか。邪魔だから」

「え? ぬ、抜けるって…」

コウタは思わぬ展開に戸惑いを隠せない。

「じゃあ、アタシが当てるね。ちょっと押えてて」

コウタの敵チームのケイコがボールを持つと、味方であるはずのカエデや他の女の子がコウタを取り囲み、手足をがっしりと掴んでしまった。

「お、おい! なんだよ、お前ら! 味方だろ!」

コウタは必死にもがくが、大勢の女の子たちにおさえられては、振りほどけなかった。

「うーん。味方だけどさあ。はっきり言って、男子って邪魔なんだよね。金玉に当てたら、すぐ動けなくなるし」

「そうそう。どうせなら、早いとこ外野に行ってほしいよね。その方が女子だけで楽しく勝負できるからさ」

コウタの味方であるはずの女子たちは、それ以前に男子の敵のようだった。
今やコウタの足は大きく開かれて、男子最大の急所は無防備な状態で、女子たちの前に晒されている。

「や、やめろ! やめてくれよ!」

コウタは泣きださんばかりに悲痛な叫び声を上げた。

「コウタ、この間はよくも、アタシの頭に当ててくれたわね。顔に傷でもついたら、どうしてくれんのよ!」

ケイコがボールを持った理由は、そこにあるらしかった。
コウタは前回のドッジボールの時に、ケイコの頭に当ててしまっていたのだ。

「あ! あれは…手が滑って…。わざとじゃねえよ! 謝っただろ!」

「ふーん。じゃあ、アタシも手が滑って、アンタの金玉に当てちゃっても許してね。ちゃんと謝ってあげるから」

ケイコは小学生らしい、意地悪そうなほほ笑みを浮かべた。
そして思い切り振りかぶって、ボールを地面に叩きつけた。

ボスン!

と、ボールは地面にワンバウンドし、コウタの股間に下から突き刺さるようにして当たった。

「うぐうっ!」

コウタは自分の金玉に、ミチミチと音を立ててボールがぶつかってくるのを感じ、喉の奥からカエルのような悲鳴を上げた。
すぐにでも金玉をおさえて倒れ込みたかったが、両手足は相変わらず女の子たちがしっかりと握っている。

「あれ? 今の、ワンバンじゃない? コウタ、セーフだよ」

カエデが無邪気にそう言ったが、コウタの耳にその言葉は聞こえなかった。
ただ、途方もなく大きな痛みの波に、全身を震わせることしかできない。

「あ、そっかあ。ゴメンゴメン。じゃあ、もういっぱーつ!」

ケイコはコウタの前に転がっていたボールを拾うと、再び振りかぶって、今度は直接、コウタの金玉をめがけて投げた。

「ぎゃうん!」

コウタの金玉は、再びボールと恥骨の間で押し潰された。

「はい、コウタ君アウトー! このまま、外野に行くでしょ?」

ぽっかりと口を開けて、目もうつろな状態のコウタを、カエデたちは外野まで運んで行き、そこで投げ捨てるようにして解放してやった。
コウタは無言のまま、両手で金玉をおさえて、顔面を地面にこすりつけるようにしてうずくまってしまった。

「もー。ボールが当たったくらいで、情けないなー。でも、タマタマにタマが当たるって、なんか面白いね」

カエデたちは他愛もなく笑いながら、内野に戻っていった。

「よおし! じゃあ、女子だけで始めよっか、ドッジボール」

「そうだね。ここからがホントの勝負だよ!」

男子達がいなくなったコートで、女子達は楽しそうに、ドッジボールに興じていた。




終わり。





とある大学の武道場。
空手部の部員たちが稽古に励んでいた。

「はじめ!」

部長の赤井ケンゴの号令で始められたのは、試合形式の組手。
この空手部の流派は実戦的で、組手の際には強化アクリル製のヘッドガードと拳を守るためのサポーター、脛あてなどが用いられている。
それでも強烈な蹴りが頭部に決まれば、気絶してしまうこともある危険な稽古だった。

「お願いします!」

その激しい組手を今から行うのは、男子部員の梅田アツシと女子の中野ジュリだった。
二人は同じ黒帯の二段で、身長もそれほど変わらなかったが、ジュリの手足は細く、とても空手の有段者とは思えない体格だった。
防具で守られているとはいえ、アツシの攻撃をまともにくらえば、簡単に吹き飛んでしまうかと思えるほど、二人の体重差は明らかだった。

「えぇい!」

開始から十数秒、先に手を出したのはジュリだった。
軽いフットワークから、思い切り踏み込んで、アツシの顔面にむかって突きをはなった。
しかしアツシは前方にかまえた手で、その突きを簡単に払い落としてしまう。

「はっ!」

今度は逆にアツシから、ジュリの顔面に向かって突きがはなたれた。
ジュリはこれを上半身をかがめるようにしてかわし、踏み込んできた相手の胸に向かってカウンターの突きを入れた。

ゴッ! と、鈍い音がしたが、アツシの分厚い胸板に、さしたるダメージはなかった。

「やっ!」

ジュリは今度はアツシの太ももめがけて、下段蹴りをはなった。
そのキレとスピード、ブレない体幹は素晴らしく、さすがに二段という段位を取るだけはあった。
しかしやはり男女の体重差は相当で、アツシはその下段蹴りを楽々と受けながら、カウンター気味に中段回し蹴りを繰り出していた。

「おっ! とと」

ジュリは両手でブロックしたのだが、片足立ちになっていたところに受けたためバランスを崩し、尻もちをついてしまった。

「待て!」

ケンゴが組手を止め、ジュリが立ち上がると、二人は道着を整えて、中央の開始線に戻った。

「ふー。すごいなー。よし!」

「はじめ!」

再開するとすぐに、ジュリはかまえを変えた。
それは腰を落とし、後ろ脚に極端に重心を載せた、いわゆる猫足立ちのかまえだった。
ジュリがそのかまえを取った瞬間、相対するアツシの顔に緊張が走った。
静かに、すり足のようにして間合いを詰めていく。
次の瞬間、

パン、パン!

と、弾けるような音が連続した。
下段、中段と、ジュリの蹴りがアツシの道着を叩いたのだ。
それは先ほどの蹴りのような威力はなさそうだったが、スピードは段違いで、アツシはほとんど反応できていなかった。
つま先立ちに近くなるほど脱力した左脚を、鞭のように動かすことで、スピードに特化した蹴りになっているようだった。

パン!

と、アツシが左脚の内側でジュリの蹴りを受け止めたかに見えた。
しかしそれは受けさせられたに等しいものだったようで、次の瞬間、ジュリの脚はアツシの股間に伸びていた。

パン!

「あっ!」

思わず、アツシは右手で股間をおさえた。
そしてガードが下がった顔面に、バシッとジュリの蹴りが斜め下からえぐるようにして入った。
最初の蹴りからここまで0,5秒以下。流れるような三段蹴りだった。

「一本! それまで!」

あおむけに倒れるようにして沈んだアツシを見て、ケンゴはすぐさま組手を止めた。

「オス!」

ジュリはその場でペコリと頭を下げ、開始線に戻った。

「梅田、立てるか?」

「オ、オス…」

下腹部をおさえながら、ヨシキは何とか立ち上がり、よろけながら何とか開始線に戻ることができた。

「ありがとうございました!」

一礼してヘッドガードを外すと、ジュリはすぐさま道場の隅に駆けて行った。
そこには、見学に連れてきた友達の石田ミカが座っている。

「きゃー! 勝っちゃった! すごかった? どう?」

つい今まで、あれほど緊張感を持って組手をしていたとは思えないはしゃぎようだったが、これが本来のジュリのテンションだった。

「すごかった! ほんとにすごいよ! ジュリ、強いじゃん。わたし、心配しちゃったよ。ぜんぜん大丈夫じゃん」

石田ミカはジュリと同じゼミに通っていて、普段からよく遊びに行ったりしている。
ジュリが空手をやっているのは知っていたが、実際に見るのは今日が初めてだった。

「それが大丈夫じゃないのよ。手加減してくれたからさ。あの受けもさ、ビシッて弾かれて、超痛いからね。骨に響くんだから」

アツシに突きを払い落とされた右手をさすりながら、顔をしかめた。
組手には勝ったはずだが、それをおごらず、何でもあけっぴろげに話すのが、彼女の好かれるところだった。
その口調は正直で、まったく嫌味がない。

「そうなんだ。でも最後のキックはきれいに決まったね。すごい速くて、避けられなかったんじゃない?」

「あー、アレはね。その前に金的が決まってるから。一本取ったのも、金的蹴りのだよね。最後のはおまけっていうか、そんなに効いてないと思う」

「え? そうなの? 金的蹴りって、その、急所というか、アソコの?」

日常、あまり聞きなれない言葉をジュリが自然と話していて、ミカは少々面食らった。

「そう。ウチは金的攻撃もありだから。金的蹴りはいつも練習するし、受けの練習もするよ。ま、わたしは攻撃ばっかりだけどね」

ジュリはペロっと舌を出して笑った。
あの猫足立ちのかまえは、威力よりも素早さに特化したもので、金的蹴りを決めるためにあのかまえに変えたのだろう。
ふと目をやると、ジュリに金的蹴りを受けたアツシは、防具も外さず道場の隅に正座して、下腹部をおさえているように見える。
最後の顔面蹴りのダメージよりも、金的蹴りの方が深刻だったということだろう。

「ウチでは、女子は絶対金的蹴りを覚えさせられるよ。護身術にもなるし、便利だよ」

「やっぱり、そうなんだ。あの人、痛そうだもんね。あの、そこの防具とかつけてなかったのかな?」

次の組手はすでに始まっていたのだが、いまだに顔をあげられずに苦しんでいる様子のアツシを見て、ミカはそう思った。

「ううん。防具は着けてたよ。みんな、ズボンの下に着けてるみたいだよね。それでも痛いときは痛いみたい」

「そうなんだ」

ジュリは蹴ったときに、ファールカップの存在を足で感じたらしい。
この空手部では、動きやすさなどの面から、大型のファールカップを着けたがらない男子が多いようだった。

「ねえ、もっと見たい? 見せてあげるね。部長! わたし、やります!」

ちょうど男子同士の組手が終わったとき、ジュリはまたケンゴに向かって手を挙げた。

「お、そうか。それじゃあ、相手は古川、お前やれ」

「オ、オス! 部長、ちょっと…。防具を着けなおします」

指名された古川ヨシキはそう言うと、いったん用具倉庫に入り、出てきたときには、股間に防具を装着していた。
それはボクサーがスパーリングの時に着けるような大型のもので、厳重に股間を守るようなタイプのものだった。

「オス! お願いします!」

白い空手道着の股間に、黒いプロテクターがポッコリと盛り上がっている。
はっきり言って不格好なその姿を見て、ミカは思わず笑いがこみ上げそうになってしまった。

「え? ちょっと、ヤバくない? あんなの着けられたら、さすがに効かないんじゃないの?」

金的蹴りに対する完全防御ともいえる防具を着けて、ヨシキは自信ありげだった。
しかし、いかにも動きにくそうな、あんなものを着けなければジュリと組手が取れないと考えると、ミカにとってはそれ自体が面白おかしいことだった。

「そうだねー。痛くないかもね。でも、技が決まればちゃんと一本は取ってくれるから。見ててね」

そう言うと、ジュリはまたにっこりと笑って、防具を着けた。

「よし。では、はじめ!」

ケンゴが合図をすると、ジュリはすぐさま、先ほどの猫足立ちのかまえを取った。
言葉通り、今度も金的蹴りをミカに披露するつもりらしい。
ヨシキもそれは想定内のようで、右脚を大きく引き、半身になって、念入りに正中線を守るかまえを取った。

双方、相手をうかがうような十数秒の沈黙の後、先に動いたのはジュリだった。
ヒュッと音がするような鋭い蹴りが、ヨシキの股間に振り上げられる。
間一髪、ヨシキはそれを右手で叩き落した。

「ふっ! はっ!」

しかしジュリの連続蹴りは止まらず、股間だけでなく、中段、下段と次々に繰り出してくる。
ヨシキはそれを一つ一つ防御したり、打点をずらしたりしてかわしている。
ミカの目にも、先ほどはとらえられなかったジュリの蹴りの秘密が見え始めてきた。
ジュリはすり足で動いているが、その際、脱力した前脚が地面につくかつかないかのところで、蹴りを繰り出している。
相手にしてみれば、移動がすぐさま攻撃につながり、とても厄介なかまえだった。

パシン! パシン!

と、ヨシキが防御するために前に出した左脚に、何度も蹴りが当たる。
しかし、それはローキックほどのダメージはないようで、ヨシキにしてみれば、金的にさえ当たらなければいいと考えているようだった。

「えいっ!」

ジュリが攻め方を変え、ヨシキの顔面に向かって突きをはなった。
相手の視界を奪うことを目的とした、脱力した突きで、ヘッドガードで守られているとはいえ、ヨシキの体に緊張が走った。

「はいっ!」

スパン! と、隙をついた金的蹴りが、ヨシキの股間に炸裂した。

「一本! それまで!」

ケンゴが組手をとめた。

「オス!」

ジュリはその場で頭を下げた。
先ほどと違うのは、股間を蹴られたヨシキが、まったく痛がっていないことだった。

「オ、オス! すいません。今のは、入ってないんじゃないかと…」

ヨシキは部長のケンゴに、恐る恐る申し出た。

「なに? そうか? きれいに入ったように見えたが」

「いや、自分はとっさに腰を引いたんですが、この、プロテクターに当たってしまって…」

どうやら、ヨシキはジュリの金的蹴りをかわしたつもりだったらしいが、大型の防具は股間の部分が盛り上がっているため、そこに当たってしまったと主張しているようだった。

「うん。そうか。中野はどうだ? 手ごたえはあったか?」

「えー。ありましたよ。さっきよりもきれいに入った気がします」

「いや、まあ、でも…」

ヨシキは金的蹴りを入れられたことを認めたくないのか、潔く負けを認めなかった。
女性に男のシンボルである金玉を蹴られるということは、女性に制圧され、男としての存在を否定されてしまうような、そんな複雑な気持ちになる。
それは同じ男であるケンゴにも、理解できる部分があった。

「じゃあ、もう一回、防具を外してやってみましょうか? ね?」

ジュリはにっこりと笑いながら、ヨシキの股間の防具を指さした。

「え? そ、それは…でも…」

ヨシキはとっさに、口ごもった。
防具なしでジュリの蹴りを受ければ、先ほどのアツシのように痛みに苦しむ可能性が高い。

「なーんて、ウソウソ! 外さなくていいですよ。みんなが痛い思いするの、わたしもイヤですから。練習ですから、引き分けにしましょ? ありがとうございました!」

ジュリは笑いながら一礼して、防具を外した。
そして先ほどと同じように、ミカのもとに駆けていく。

「イエーイ! また決めちゃったー! すごいでしょ? でしょ?」

はしゃぐ様子を、ヨシキは呆然と見ることしかできなかった。
もし防具がなかったとしたら、どうなっていたか。それは彼が一番よく知っていたから。
そして部長のケンゴもまた、はしゃぐジュリの様子を、半ば微笑ましく、半ば悔しそうに見ていた。




部活終了後、最後まで稽古を続けていた部長のケンゴが武道場の鍵を閉めた。
何か思いつめたような表情で歩き、大学の校門を出るころには、大きなため息をついた。

「部長さん。ケンゴ君」

突然、声をかけられ、少しびっくりした。

「こんばんは。遅くまで、ご苦労様です」

立っていたのは、スポーツ用品メーカーの竹内チナミだった。
ケンゴとは彼が入部した当時からの知り合いで、彼女の会社が開発した新製品をよく持ち込んでは、テストをお願いされたりしている。

「チナミさん。そっちこそ。こんな時間まで仕事ですか?」

「そうなの。実は、すっごいオススメの新製品が今日、ついにできて。すぐにでも試してもらいたくて、来ちゃいました」

チナミは小柄だが、バイタリティに溢れた営業で知られていた。

「新製品? この間、試させてもらったファールカップは良かったですね。あれはいつ製品化するんですか?」

「そう! そのファールカップなんだけど。また新しいのができちゃいまして。絶対、気に入ると思うよ。ほら、これ」

チナミはカバンの中から、ビニールに包まれた青いゴムの塊のようなものを取り出した。
ケンゴが手に取ると、それは小型だが、ファールカップであることが分かった。

「これって…。今までのより、ずいぶん小さいですね。これじゃあ、その、けっこうギリギリなんじゃ…」

具体的な表現は避けたが、ケンゴは自分のイチモツを想像して、そう判断した。
だいたい、チナミのような若い女性が仕事とはいえこんなものを持ってくること自体が、ケンゴにとっては不思議だった。

「あ、一応、日本人男性の平均ギリギリのサイズで作ってあるんだけど。だからまあ、その、サイズが合う方で試してほしいんですけど…」

「ああ、なるほど…。でもこれじゃあ、あんまり小さすぎて、当たると痛いんじゃ…。ん!?」

ケンゴはファールカップを触っているうちに、あることに気がついた。
普通、ファールカップというのは、男の急所である睾丸を守るために、できる限り堅い素材で作られている。
鉄製だったり、強化プラスチックだったり、最近ではカーボン製もあるという。
それだけ堅い素材でできているから、蹴ったり当てたりしたときには相手にもそれと分かるのが当然のことだった。
しかし、このチナミが持ってきた新型のファールカップはというと。

「これ、全体が柔らかいですね」

「そうなの! よく気づいてくれました。そこがこの新製品の一番の特徴で、極限まで小さくしたカップに、表も裏も新素材のハイパーゲルを配置しました。だから、衝撃吸収性能はバッチリなんです。それに、外側が柔らかいということは…」

「これなら、当たったときに気づかれない…」

ケンゴがつぶやくと、チナミはニヤリと笑った。
よく見れば、このファールカップの外側の部分は、下の方が膨らんでいて、上は棒のようで、いわゆる競泳水着のもっこりのようなデザインになっていた。
これならば、足で触れるくらいでは、ファールカップを着けていると思われないのではないだろうか。

「これはすごい…けど、なんでわざわざこんなもの…?」

ただ急所を守るためだったら、ヨシキが着けていた大型の防具のように、できるだけ大きく、丈夫にした方がいい。
わざわざフェイクの男性器のようなものを作るということは、ファールカップを着けていることを隠すという意図があるとしか思えなかった。

「チナミさん、これ…」

ケンゴは目で、チナミに尋ねた。
金玉を蹴られて、痛い思いをしたくない。
しかし、男の急所の金玉を大事に守っていることを、女性に悟られたくない。
ファールカップなんて、みっともない。
そんな男の情けないプライドを守ってくれる究極の製品が、これなのか。

「そうなの。そういうすごい新製品なんです。どうぞ、使ってみて!」

チナミは力強くうなずいた。
顧客の隠されたニーズを掘り当てる、彼女と彼女の会社の開発力に、感心する思いだった。

「ありがとうございます!」

ケンゴはファールカップを握りしめ、力強くうなずいた。




数日後。
ケンゴは組手の練習を行うとき、珍しくジュリを指名した。

「中野、久しぶりにやろうか」

「あ、はーい」

通常、この部活では、男子と女子が組手を行うことは滅多にない。
先日はジュリの友達が見学に来ているからと、特別な配慮で行われたのだ。

「じゃあ、俺が受けの練習したいから、攻めてきていいよ」

「え? あ、はい。でも部長、防具はいいんですか?」

ケンゴはヘッドガードはもちろん、大型のファールカップも着けていなかった。
ジュリはさすがに、少しためらった。
部長であるケンゴの実力は確かにジュリのはるか上だったが、それでもまったく当たらないということはない。

「いいよ。金的も、どんどん蹴ってきて。練習したいから」

「ホントですかー? じゃあ、行きますよ」

さすがに道着の下にファールカップは着けているのだろうと思い、ジュリは組手を始めることにした。
リクエスト通り、最初から得意の猫足立ちのかまえで、素早い蹴りをどんどん繰り出してくる。

パシン! パシン!

ケンゴはさすがに防御もうまく、アツシやヨシキの比ではなかった。
華麗な足さばきでジュリの蹴りをかわし、何度も金的を防いでいた。
しかし、ジュリの腕もさるもので、わずかな隙をつき、女性特有の細い足首をケンゴの股間に滑り込ませた。

パン!

と、ケンゴの股間で道着が弾ける音がした。

「あ! え? 部長?」

ジュリはすぐさま脚を引き、驚いた顔でケンゴを見た。
というのも、彼女が足の甲に感じたのは、いつもの堅いファールカップの感触ではなく、やわらかい、もっこりとした質量を感じる塊だったからだ。
色々な経験上、それがむき出しの男の急所であることが、ジュリにもはっきりと分かった。

「だ、大丈夫ですか?」

今までファールカップなしの金玉を蹴ったことはほとんどなかったが、カップを着けていてもあれだけ痛がるのだから、カップなしでは大変なことになってしまうと、女ながらに彼女は思った。

「ん? 何が? ぜんぜん大丈夫だよ。続けようか」

意外にも、ケンゴはまったく痛がる様子もなかった。
確かに当たったのに。
小さなボールような膨らみを跳ね上げた感触が、今でも足の甲に残っているというのに。
ジュリは不思議に思った。

「あれ? あの、部長…。カップ、着けてないですよね?」

「え? ああ、すごいな。そんなことも分かっちゃうんだ」

「あ、いや、まあ…。感触で…そうかなって思ったんですけど」

さすがに少し恥ずかしそうに、ジュリは言った。

「ま、俺もそれなりに鍛えてるからさ。少しくらいは耐えられるよ」

にっこりと笑うケンゴの顔は、とても痛みを我慢しているようには見えなかった。

「えー、そうなんですか? すごーい。さすが、部長! 鍛えられるんですか? ホントですか?」

ジュリはこの流派の空手に入門したときに、まず金的蹴りを教えられた。
絶対に鍛えられない、男の最大の急所。
決まれば、一撃で男を戦闘不能にする急所。
女性が身を守るために覚えるべき、最強の護身術。
それが金的のはずだった。

「まあな。でも、あんまり強くやられたら、痛いかもよ」

「いや、ホントにすごいですよ。金的を蹴られても大丈夫な人なんて、初めて見ました。じゃあもう、部長は無敵ですね! 弱点無し! 最強じゃないですか!」

「いやいや。人間の急所は他にもあるだろ。大げさだよ」

ケンゴは苦笑したが、内心、これほど誇らしく思うことはなかった。
他の部員たちも、ジュリの大きな声に気がついて、練習をやめてこちらを見ている。
男子部員たちからの、羨望の眼差し。女子部員たちの驚いた顔が、ケンゴの自尊心を満たしてくれていた。

「じゃあ、どんどん行きますね!」

「いや、そう簡単に当てさせないぞ」

練習を再開すると、ジュリは言葉通り、次々と金的蹴りを狙ってきた。
ケンゴはそれをほとんど受けきっていたが、時にはわざと、隙を作ったりしてみせた。

パン!

と、良い角度で金的蹴りが決まっても、平気な顔をしている。

「うん。今のは、いい蹴りだった。でも、ほら!」

バシン!

攻めることに集中して、ジュリの防御がおろそかになっていた。
ケンゴの金的蹴りが、ジュリの股間に決まった。

「あ、いったぁ…!」

ジュリは思わず股間をおさえて、組手を中断した。

「あ、ごめん。入ったか?」

「そう…ですね。ちょっと…。イタタ…」

男のようにうずくまってしまうほどではなかったが、ジュリは痛そうに顔をしかめた。
女子同士で組手をしているときも、金的を狙うことはもちろんある。女性の場合、恥骨にきれいに当たれば、男ほどではないにしろ、それなりに痛いものらしかった。

「やっぱり、部長の蹴りは強いですね…アイタタ…」

「うん。攻めの練習中とはいえ、油断してたな。中野はいつも金的受けの練習をサボってるだろ。ちゃんと見てるぞ」

「はい。今度から、ちゃんとやります。あー、効いちゃった…」

いつも組手をする女子に比べれば、やはりケンゴの金的蹴りは相当強烈だったようで、ジュリはまだ下腹部をおさえていた。

「そんなに効いたか? お前、防具をつけてないだろ。女子もちゃんとサポーターをつけろよ!」

「はーい…」

結局、組手はそこで終了してしまった。
その日の練習が終わったとき、ケンゴの心はかつてない満足感で満ち溢れていた。

今までジュリや他の女子部員たちの金的蹴りを受けて、何人もの男子部員たちが地べたに這いつくばってきた。
男子同士なら、いい。うまく金的に当てられた、次は自分もやり返してやる、と思うことができる。
しかし女子には、金玉はついていないのである。

彼女たちはいつも、遠慮や躊躇することなく、男の金玉を蹴り上げてくる。
そこを蹴られることで、どれほどの痛みや苦しみと男が戦わなければならないかを想像することもなく。
しかも、男の金的を蹴ってダウンを奪った時、女たちが皆、少なからず優越感を抱いていることは、男たちは分かっていた。
中には小さくほくそ笑みながら、あわれむような眼を向けながら、頭を下げる女もいる。
そんなとき、男はこの上ない屈辱を感じるのだが、金玉の痛みの前には、それすらも吹き飛ばされてしまっているのだ。

今日、ケンゴはジュリの金的蹴りをすべて受け止め、まったく痛がる様子を見せず、逆に彼女の股間を蹴り上げてやった。
女子もちゃんと防具を着けろよ、とさえ言ってやった。

ケンゴの金玉を直接蹴ったと思っているジュリは、男の強さを再確認したことだろう。
いつも金玉を蹴られることで地に落ちてしまっていた男のプライドは、今、回復したのだ。
金的という最大の急所を無効にしてしまった今、男の復権が始まったのだ。
すべて新型ファールカップのおかげとはいえ、ケンゴは叫びだしたいような恍惚感さえ感じるのだった。




数日後。
昼休みにケンゴが大学の中庭を歩いていると、ジュリに呼び止められた。

「部長、部長! ちょっといいですか?」

「うん? 中野。どうしたの?」

道場の外でのジュリは、まったく今どきの女子大生という感じで、流行りの服装に髪型もばっちりと決めて、とても毎日空手の稽古に励んでいるようには見えなかった。

「あのですね、わたしの友達に動画を撮ってる人がいるんですけど。ユーチューバーっていうか。その人がですね、空手ワールドっていう動画を撮影したいっていうんですけど、部長も協力してもらえませんか?」

「え? まあ、いいけど。どんなことするの?」

ジュリの後ろに、小型カメラを持った男子学生が一人、いた。

「簡単です。すっごい簡単。わたしと部長で、いつもの組手みたいなことするだけです。だよね?」

カメラを持った男子学生がうなずいた。

「あの、空手ワールドっていうシリーズにしたいんですけど。ジュリちゃんを主人公にして、女性の視聴者ねらいでいきたいんですね。なのでまずは、女性のための護身術とかを撮らせてもらえたらなって」

男子学生はにこにこしながら説明した。
ケンゴは今どきの若者らしくなく、あまりネットやSNSをしないほうだったが、そういう動画を撮影するのが流行っているということは知っていた。

「へー。ユーチューブとかでやるんだ?」

「そうなんです! わたし、ユーチューブデビューします! 部長も一緒にアクションユーチューバー目指しましょう!」

「いや、俺は…」

「じゃあ、とりあえずこの辺で撮ろうか?」

「え? 今やるの?」

ケンゴは今、授業を終えたばかりで、Tシャツにジーパンというラフな服装だった。

「はい。街中で襲われた時の護身術って感じなんで、ぜんぜん大丈夫です。どんな感じでできますか?」

男子学生はケンゴにどんなアクションができるのか、知りたいようだった。

「ちょっと、ウチの部長をなめないでよ? 部長は弱点無しの最強の空手家なんだからね。なんだってできるわよ」

「ええ、そうなんですか? それはすいません。じゃあ、まずはテストということで、適当に…」

ジュリのハードルの上げ方が気になったが、ケンゴはとりあえず協力することにした。

「じゃあ、護身術ってことなんで、部長がまず、わたしの腕を掴み、その手を振り払って、わたしが金的蹴りをして、前かがみになったところに肘打ち、みたいな感じで行きますか?」

ジュリはこの撮影にだいぶ乗り気なようで、ケンゴの反応も見ずに、どんどんと話を進めてしまっていた。

「あ、いいねえ。動きがあるから、映えるよ、きっと。そんな感じで行こう」

「でしょでしょ? これで行きましょう、部長! じゃあ、ちょっとリハーサルします?」

「え? ああ、うん」

「まず、わたしが道を歩いてます。部長が後ろから腕を掴みます。…部長、掴んでください」

ジュリのテンポに、ケンゴはついていけてなかった。
ただそこには、一抹の不安がある。

「こ、こうかな?」

ケンゴが腕を掴むと、ジュリはすぐさま振り返り、掴まれた腕をひきつけて、ケンゴの体勢を崩した。
それはたまに稽古でも使う、護身術の技だった。

「はい。ここで金的を蹴ります」

パシっと、ケンゴの股間に、ジュリのミュールのつま先が当たった。
まさかとは思うが、寸止めしてくれるだろうと思っていたケンゴは、瞬間、息を詰まらせた。
リハーサルということで、ジュリは確かに当てるつもりはなかった。
しかし、裸足で蹴る道場とは感覚が違ったということ。そしてケンゴに金的は効かないと思っていたことで、つい軽くだが当ててしまったのだ。

「で、相手が前かがみになります。そこに背中に肘を落とします、で。こんな感じかな?」

ケンゴはもちろん、チナミからもらった新型ファールカップをつけていない。
さすがに稽古以外の日常生活で必要になるとまでは思っていなかったから。
結果、リハーサルのための演技でもなんでもなく、ケンゴは前かがみになって痛みに耐えていた。

「いいねえ。映える、映える! 写真も撮りたかったなあ。キャプチャーでいいとこおさえられるかなあ。うん。それでいきましょう!」

小型カメラの動画を確認しながら、男子学生はつぶやいていた。

「いいみたいです。部長、これでいきましょう!」

「お、おう…」

金的を蹴ってしまったとさえ気づいていないジュリに、ケンゴはうなずいてみせた。
すでに股間からじんわりとした痛みが這い上がり、下腹部をおさえたい気持ちでいっぱいだったが、ここで金的が効いてしまうことをバラすわけにはいかないと、必死だった。

「でもあの、これって、大丈夫ですか? 本番ではホントに当てちゃいますか? 普通は防具とかつけるみたいですけど」

男子学生は同じ男として、ケンゴの金玉を気にかけてくれた。
そうだ、一応防具をつけとこう、とケンゴが言いかけたとき、ジュリがそれを遮った。

「大丈夫に決まってるでしょ。ウチの部長はアレだよ、あのコツカケっていうすごい技が使えるんだよ。金的蹴りがぜんぜん効かないんだから」

「えー! コツカケ? マンガで読んだことあります。すごいっすね。達人じゃないですか」

そんなことを言った覚えはまったくなかったが、ジュリの頭の中ではそういうことになってしまっているらしかった。
ケンゴは苦笑いするしかない。

「そうだよ。部長は達人なんだから。本気でやってもいいですよね? その方が迫力出るし!」

「お、おう…! まあ、ぼちぼちでね」

冷汗が背中を流れるのが、はっきりと分かった。
部活動の稽古でも、旧型のファールカップを必ずつけているというのに。
それをつけても、ジュリの金的蹴りはかなり痛いというのに。
ジーパンの中でピッチりとおさまった状態の金玉を蹴られて、どういうことになるのか。
ケンゴが不自然なほど呼吸を細く長くしている間に、撮影はもう、始まろうとしていた。

「じゃあ、さっそくテイク1いきましょうか。よーい、スタート!」

男子学生がカメラを回し始めた。
まず、ジュリが画面外から歩いてきて、そこに後ろからケンゴが追い付いてくる。
ぎこちない動きで、ケンゴがジュリの腕を掴んだ。

「きゃっ!」

ジュリは演技の心得もあるのか、わざとらしく悲鳴を上げると、くるりと振り返り、掴まれた腕を体にひきつけることで、ケンゴの体勢を崩した。
踏ん張ろうと、両足を大きく開いたところに、ジュリのあの素早い金的蹴りがうなりを上げた。

バシン!

と、中庭に響くほどの音がした。

「ぐえっ!!」

ケンゴは演技でもなんでもなく、声を上げて、とっさに両手で股間をおさえる。そのまま前かがみになってしまうのが、男の習性だった。

「えいっ!」

続けて、ジュリは丸まったケンゴの背中に肘を打ち下ろした。
逆にそこは、当てるだけという感じで、ジュリは手加減しているらしかった。
あまりの痛みに、その場にうずまってしまったケンゴを尻目に、ジュリが画面の外まで走って逃げるというところで、カメラが止められた。

「はい。オッケーです! いやあ、よかったよ。さすが、すごい迫力! ジュリちゃん、やっぱりいいよねー。強カワイイっていうかさ。空手女子って感じ?」

「えー? そう? ありがとー! 部長もお疲れ様です。…あれ? 部長?」

ほめられて、はしゃぐジュリがふとケンゴを見ると、真っ青な顔でうずくまり、ピクリとも動けない状態だった。

「あれ? 部長? あの…普通の金的蹴りだったんですけど…。え? どうしちゃったんですか?」

「え? どうしたの? すごい痛がってない? コツカケ失敗しちゃったの?」

「えー! ウソ! だって、こないだと同じ手ごたえだったし。ヤバイヤバイ! 部長、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

必死に謝るジュリの声も、ケンゴにはほとんど聞こえていなかった。
ただ腰のあたりをさすってくれる彼女の手の柔らかさには、少し温かみを感じていた。




終わり。


浅川ヒナは、一目で分かる不良少女だった。
中学生に似つかわしくない濃いめの化粧をし、長い髪を茶色に染めて、耳と唇にピアスをじゃらつかせている。小柄で、不健康に痩せていて、顔色も悪かった。
何よりその目つきは常に淀んでいて、しかし時折、ギラリと鈍く光るものがあり、彼女と会話する者を気味悪がらせた。
学校にはごくたまにしか来なかったが、来たら来たで、何かしらのトラブルを巻き起こすのが常だった。
この日の帰り道もそうだ。

「おい、待てよ、浅川!」

呼びとめたのは、これもまた一目で不良と分かる男子生徒だった。
振り向いてその顔を確認すると、ヒナは明らかにめんどくさそうな表情を浮かべた。

「山崎か。なに?」

「とぼけんな! お前、いっつも無視しやがって。逃げてんじゃねえぞ!」

山崎は大声で威嚇したが、ヒナは意に介さない様子だった。

「はあ。何の話?」

両手をポケットに突っこんだまま、くちゃくちゃとガムを噛んでいる。
山崎はいきなり近づいてきて、彼女のパーカーの襟を掴んだ。

「ざけんなよ、コラ! 俺とお前がタイマン張るって話だろうが。寝ぼけんな、ボケ!」

ここは学校の裏門を出てすぐの所で、家路につく生徒たちの姿も多かったのだが、誰も二人に近づこうとはしなかった。
すでに学校内では、この二人の対立は有名になっていたのだ。

「へー。そんな話だったっけ? ていうか、離してくんない?」

「お前が逃げてっから、勝負になんねえんだろうが! ああ?」

山崎はさらに両手で襟を掴むと、ヒナの顔に自分の顔を寄せ、睨みつけた。
とても中学生とは思えないほどの迫力だったが、ヒナは動じる気配がない。

「なんなら、今ここでケリつけてやるか、コラァ! …ぐっ!?」

山崎が、今にも殴りかかってきそうになったそのとき、突然、その顔が苦痛に歪んだ。
ヒナが、山崎の股間をズボンの上から握りしめたのである。

「あ…く…!!」

全身から急激に力が抜け、腰を引いた姿勢になる。
ヒナはいつの間にかポケットから右手を出していて、山崎の股間にぶら下がっている男の最大の急所を、下からすくい上げるように握りしめていた。
大柄な山崎も、腰を曲げて前かがみになると、ヒナよりも低い位置に頭がきた。

「離してくんない、手?」

「てめえ…!! あぁうっ!!」

山崎はそれでも、歯を食いしばってヒナを睨みつけようとしたが、ヒナの右手にさらに力が込められると、耐えきれずにパーカーから手を離した。

「ああ、思い出した。アタシがアンタらの仲間に入らないから、イラついてんだっけ? それで、こないだアイツを…武田だっけ? やっちゃったから、次はアンタの番ってわけ?」

苦痛に顔を歪め、脂汗を流す山崎を、冷めた目つきで見下ろしていた。
その右手には、男のシンボルである二つの小さな玉がしっかりと握り込まれて、万力のように締めつけている。
山崎はなんとかヒナの手を引きはがそうとしたが、この状態では、まったく力が入らない。膝から力が抜けて、倒れそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。

「は、離せ! クソッタレ…!」

「アタシ、好きじゃないんだよね。仲間とかダチとかさ。一人でいたいから、そうしてるだけなんだけど。ほっといてくんない?」

「うる…せえっ!! ダチやられて、黙ってられるかよ!」

「そうなんだ? まあ、やられ方が悲惨だったからねえ」

ヒナはガムを噛みながら笑い、山崎の耳元で囁くように言った。

「武田はさ、パンツ一枚でションベン漏らしながら、アタシに土下座したんだよ。すいません。もう許して下さいって。まあアタシも鬼じゃないから、許してやったけど。アイツの金玉、見た? すっごい腫れて、デカくなってただろ? アンタのコレより、全然でかかったよ」

ヒナが睾丸をコロコロと手の中で転がすと、山崎の全身に電撃のような痛みが走った。

「ああうっ! ク…クソが!!」

「アンタらはアタシのこと、金蹴り女とか呼んでるんだろ? まあ、その通りなんだけど。超面白いよな。こんなちっちゃな玉を、ちょっと握るだけで、こうなるんだから」

そう言って、右手で掴んでいたモノを、捻るようにして持ち上げた。
山崎はギャッと悲鳴を上げて、つま先立ちになり、金玉袋で全身を吊られたような体勢になった。
ヒナはクスクスと笑いながら、山崎の苦しむ顔を見ている。
小柄なヒナが、山崎のような男子を右手一本で意のままに操っている姿は、何とも異様な光景だった。

「金玉が潰れる時って、どんな感じなんだろうな? この、グニグニした柔らかい卵みたいなのが、プチンって弾けるのか? ん?」

囁くように言いながら、楕円形の睾丸を掌の中で弄び続ける。ヒナの指がマッサージのようにそれを押し潰すたび、山崎は呼吸が止まる思いだった。

「アンタに恨みはないけど、アンタがラスボスだっていうんなら、そのうち勝負してやるよ。気が向いたときにね。でもその時は、金玉潰される覚悟はしときなよ?」

ヒナは最後に、睾丸を指で弾くようにして離してやった。

「あぐっ!!」

ようやく解放された山崎は、すぐに両手で股間をおさえ、睾丸の無事を確認した。そしてそのまま膝をつき、土下座するかのようにうずくまってしまう。
睾丸を握られた痛みは、解放されたところで、すぐにおさまるものではない。ヒナはそれすら見透かしたように、笑みを浮かべて見下ろしていた。

「じゃあね」

「く…そ…! このクソ女…!!」

振り向いて、平然と立ち去るヒナの後ろ姿に、山崎は悪態をつくことしかできなかった。




学校を出てから数十分後、ヒナは公園でベンチに座り、タバコを吸っていた。
教師や大人に見つかるという配慮はない。そんな感覚を持ち続けるほど、彼女は年季の浅い不良少女ではなかった。
ぼうっとして空を眺めていると、いつの間にか、スポーツバッグを担いだ男子中学生が一人、彼女の側に立っていた。

「ヒナちゃん! またタバコ吸ってんの?」

「うん。一日一箱」

「ダメだよ。いい加減、やめな。最近、タバコも高いでしょ?」

「いんだよ、後輩からパクるから」

「それ、もっとダメだよ」

ごく自然な様子で、ヒナの隣に腰を下ろした。
彼の名前は広瀬エイジ。小学生のころからのヒナの幼馴染だった。

「今日、学校来てたね。楽しいでしょ、たまに来ると?」

「別に。変なヤツが声かけてくるし。楽しくないよ」

エイジはヒナの幼馴染だったが、成績優秀で、学校の生徒会にも参加しているほどの優等生だった。
明るく人懐っこくて、誰にでも親切。
テニス部に所属しており、県大会で好成績をおさめるなど、まさにお手本のような優等生だった。
しかしそんな彼が、学校でも有名な不良の浅川ヒナと、ごく自然な様子で話している姿を見ると、校内の誰もが不思議がった。

「あのさ、ボク今度、テニスの大会があるんだけど、応援に来る?」

「行かねーし。勝手にやれ」

「えー。一回、来てみてよ。絶対楽しいから。一緒にテニスやりたくなるから。ボク、ヒナちゃんとダブルスやるのが夢なんだ」

「一生ないから。諦めろ」

エイジにしてみれば、小さい頃からの習慣で、ヒナに話しかけることには何の違和感も感じていなかった。
ヒナの方もまた、つい昔に戻ったように話してしまう。
実際、彼女が本当にリラックスして話ができる相手は、今やエイジだけなのかもしれなかった。

「ヒナちゃんさ、もっと学校来なよ。ボク、ヒナちゃんと一緒に帰ったりしたいんだけどな。昔は、よく一緒に帰ってたじゃない?」

ヒナは無言だったが、まんざらでもないように、タバコの煙を大きく吐き出した。
何かの感情を押し殺しているような様子だった。

「アタシといるとさ、アンタも困ると思うよ。変なヤツもいっぱい寄ってくるし。話があるときは、電話してよ」

「変なヤツって? さっきの、山崎さんみたいな?」

エイジはヒナの顔を覗きこんだ。

「見てたの?」

「うん。助けに行こうかと思ったけど、ヒナちゃん強いから、大丈夫そうだったね?」

エイジが笑うと、ヒナは苦笑した。

「ハッ。別に、強くないし。金玉狙えば、誰でも勝てるって」

「あー、そっかあ」

エイジは感心したようにうなずいた。

「ヒナちゃんはさ。アソコを蹴ったりするの、好きなの?」

エイジの口から、思わぬ質問が飛び出したことに、ヒナはさすがにちょっと驚いた。

「別に、好きってわけじゃないけど…。ん…いや…。まあ、好きか…。好きかもね」

自分で言って、少し考え込んでしまった。
確かに彼女は、一部の不良から金蹴り女などと呼ばれていて、自分でもその通りだと思っている。
しかもそれが気に入らないわけではなく、まんざらでもない証拠に、そういう呼び名がついて以降、もっと積極的に男の急所を狙うようになった気がする。
金玉を攻撃して男を倒すことに、密かな悦びを感じている自分がいることを、今、初めて気づかされたようだった。

「やっぱりそうなんだ。何でなの? アソコを蹴ったりするのって、気持ちいの?」

「気持ちいいってさあ…。まあ、そうかもね。なんつうかこう、アタシにケンカ売ってくるヤツって、だいたい強そうじゃん。体もデカイし、筋肉もついてるし。そういうヤツが、アタシの金蹴り一発でダウンしちゃうのが、面白いっていうか、気持ちいいっていうか…」

「さっきは、掴んでたよね。あの人の…」

「うん、まあ…。掴むのはさ、すごいダイレクトって感じなんだよ。ダイレクトにアイツを支配できるっていうか…。あんな小さい玉二つ掴むだけで、思い通りになるから、それが面白いんだろうね」

先ほどの山崎の金玉の感触を思い出すかのように、手を握ってみせた。
その顔には、自分でも気づかぬうちに、うっすらと笑みが浮かんでいる。
エイジはそんなヒナの様子を見て、微笑んだ。

「そっかあ。でもさ、アソコを蹴られるのって、すっごい痛いんだよ。知ってる?」

「知ってるよ。知ってるから、やるんだって。…いや、ホントは知らないんだけど…。どのくらい痛いとか知らないから、気持ちいいんだろうね。アタシには、一生分かんない痛みだから、いいんだ」

先ほどからエイジの言葉によって、ヒナ自身が自分の感情に気づかされているような形になっていた。
エイジはあるいは、そういうことを狙って質問をしているのかどうか。どちらにしろ、彼を信頼しきっているヒナは、そんなことまで考えることはなかった。

「ふーん。…ヒナちゃんさ、ボクのアソコも蹴ってみたいとか思うの?」

「はあ?」

「だって、男のアソコを蹴りたいんでしょ? ボクも一応、男なんだけど?」

ニコニコしながら尋ねるので、ちょっと答えに詰まった。

「…ハッ! 誰が、アンタのなんか。アタシはさ、強そうな男が金蹴りされて倒れちゃうのが好きなんだよ。アンタみたいなヒョロイのが倒れても、つまんないでしょ」

言いながら、ヒナは頭の中で想像した。
自分の金的蹴りを受けたエイジが、股間をおさえ、内股になって苦しむ姿。
エイジが苦悶の表情を浮かべながら、自分を見つめることを想像すると、得体のしれない興奮が、胸の奥から沸々と湧き上がってくるような気がした。
思わず、エイジの顔から目をそらしてしまう。

「えー。ボクだって、こう見えてスポーツマンなんだけどなあ。やっぱりボクの試合、見に来てよ。絶対、ボクのこと見直しちゃうよ。カッコイイから」

ヒナの興奮を知ってか知らずか、エイジは相変わらず無邪気な様子だった。

「行かないってば」

どこか拗ねたように、そっぽを向いている。

「土曜日の2時からだから。絶対来てね。待ってるから」

「おい、人の話を聞けって…」

たまりかねたように振り向くと、エイジは満面の笑みを浮かべていた。
ヒナはその笑顔に見とれて、それ以上の言葉が出なくなる。
エイジはすっと立ち上がった。

「ヒナちゃんはさ、いつからボクのこと、名前で呼ばなくなったのかな?」

「え?」

「前みたいに、名前で呼んでくれると、嬉しいな」

ヒナは何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わなかった。

「じゃあね。もう練習始まってるんだ、実は。戻らないと」

エイジは笑いながら、学校へ向かって歩き出した。
ヒナは無言で、次第に遠くなる後ろ姿を眺めていたが、やがてエイジが振り向いて手を振ると、また拗ねたように顔を逸らすのだった。






土曜日の昼下がり。
中学校のテニス大会が行われている会場に、そこには似つかわしくない格好の浅川ヒナがいた。
いつものようにボサボサの髪で、明らかに大きめのパーカーをだらしなく羽織り、それに膝までくるまるようにして、テニスコートの観客席に座っている。
さすがにタバコを吸うのは我慢しているようだったが、気晴らしにガムを噛んでおり、口を動かすたびに、シルバーのピアスがジャラジャラと揺れた。
彼女の周りに近寄る人間はいなかったが、大会の方はそれなりに盛り上がっているようで、各学校の応援団のような連中もいた。
試合はちょうど、エイジのシングル戦である。
ヒナは、テニスのルールなどはほとんど知らず、見ていてもよく分からなかったが、周りの反応を見る限り、エイジとその相手はいい勝負をしているらしかった。

「広瀬! 落ち着いて! 一本とっていけ!」

「先輩! ファイトー!」

テニス部の部員らしき連中が、エイジを応援していた。
エイジは集中した表情で、相手のサーブが来るのを身構えていた。
その顔は、幼馴染のヒナが初めて目にするもので、普段のエイジからは想像できない、戦う男の表情だった。
やがて、相手方のサーブを打ってきた。
それはヒナの目には、手が届くことが不可能だと思えるほどのボールだった。

「くっ!!」

エイジの息遣いが、聞こえたような気がした。
素早く走り込み、見事に弾き返してみせた逞しい肉体の躍動に、ヒナは密かな興奮を感じずにはいられなかった。

「よーし! やった!」

「すごい! エイジ先輩!」

何回かのラリーの後、どうやらエイジは、試合に勝利したようだった。
コート上で、ラケットを振りあげて喜ぶ彼の姿を、ヒナは遠い目で眺めた。
すると突然、エイジがヒナの方を向き、手を振った。

「ヒナちゃーん! ありがとー!」

勝利を祝う拍手と声援に包まれて、他の人間は気がつかなかったかもしれないが、ヒナの耳にははっきりそう聞こえた。
ヒナは一瞬ドキッとして、自分の顔が熱くなっていくのを感じたが、すぐにコートから目を逸らして立ち上がった。

「フン…」

わざとらしいほどだるそうに、ヒナは立ち去っていき、エイジは他のテニス部員達に囲まれて祝福を受けながら、目だけでその後ろ姿を追っていた。




テニス大会の会場を出た後、ヒナはいつものように、近所の公園のベンチに座って、タバコをふかしていた。
いつもだるそうな彼女だが、今日はそれに輪をかけて、だらけきった体勢で、ぼんやりと空を眺めている。
頭の中には、エイジがテニスをプレーする姿が鮮明に残っていて、何度も思い返していた。
さらにヒナは、そのエイジが金的を蹴られて悶える姿を、わずかに想像してみた。

にわかに、自分の耳のあたりが熱くなっていくのを感じた。呼吸も荒くなり、胸の鼓動が速くなっている気がする。
今まで、エイジの股間を蹴ったことなど一度もなかったが、この前、エイジの方からそんなことを尋ねてきたためだろうか。そして今日、彼の意外な男らしい姿を見たためだろうか。
金的を蹴られたエイジが浮かべる苦悶の表情に、興奮してしまう自分と、そんな気持ちを認めたくない自分が入り混じり、なんとなくイライラしてしまっていた。

「よお。一人かよ?」

ふと気がつくと、目の前に山崎の姿があった。さらに今日は、先日ヒナにこてんぱんにやられたという、武田の姿もある。
武田は一歩下がって山崎の背後に控え、ヒナに近づかないようにしている風だった。

「ウザい…どっか行けよ」

ヒナは山崎の方を見ようともせず、けだるそうに言った。
山崎はなんとなく、ヒナの様子がいつもと違うことを感じていたが、先日のこともあり、慎重に身構えていた。
しかし表面だけは、余裕そうに強がってみせるのが、不良のポリシーのようなものらしい。

「まあ、そう言うなよ。タバコ、一本くれねえか?」

ヒナが山崎の顔を見つめて、少々の沈黙が流れた。
山崎が、この質問でヒナの態度を試そうとしているのは、明らかだった。
やがて意外にも、ヒナはパーカーのポケットからタバコの箱を取り出して、無造作に山崎に差し出した。

「おう。悪いな…」

山崎はタバコを一本取り出して、口にくわえた。
背後で見ていた武田の顔が強張っているのは、ヒナがいつ怒りだすのかと思っているからだろう。
しかし予想に反して、彼女は無表情なまま、相変わらずけだるそうにしていた。

「火、ねえか?」

内心緊張していた山崎も、ある程度落ち着いたようで、さらなる要求をぶつけてみた。

「…はい」

ヒナはまたしても意外なほど素直に、ポケットからライターを取り出し、山崎に投げた。

「おう。サンキュー」

山崎が両手でライターを受け取り、火をつけようとかまえたその瞬間だった。
ヒナの体が、獲物に飛びかかるネコのように素早く動いて、その右脚を振り上げたのである。
バシン、と乾いた音が響いて、山崎の股間にヒナの足の甲がめり込んだ。

「ぐがっ!!」

タバコに火をつけようとしていた山崎は、思わず手に持っていたライターを落とし、口にくわえていたタバコもこぼしてしまった。
腰に突き抜ける痺れるよう感覚の後で、じんわりと重い波のような痛みがやってくる。そのころにはもう、山崎の両膝から力は抜けて、自然と地面にひざまずいてしまった。

「どっか行けって言っただろ。聞こえないのかよ?」

先ほどまでのけだるそうな態度とは打って変わって、イラついた様子で山崎を見下ろした。

「だ、大丈夫か!?」

後ろで見ていた武田は、一瞬のことで、何が起こったのか分からなかった。
しかし結果から想像できるのは、やはりヒナが山崎の股間を攻撃したということである。
武田は山崎に声をかけながら、ヒナの顔を直視することができなかった。

「武田ぁ。アンタさぁ。潰すって言ったよな? 今度アタシにからんできたらさぁ。マジで金玉潰すって言ったよな?」

怒鳴るわけではないが、静かな怒りのこもったヒナの言葉に、武田はトラウマを呼び起こされる思いだった。

「い、いや、俺は何も…。何もしてないよ…!」

武田は山崎のことも忘れて、必死の形相で弁解した。
自分でも気づかないうちに、両手で股間をおさえてしまっていた。

「イラつくんだよ。何かしんないけどさぁ。イラついてるから、誰でもいいって感じなんだよ」

独り言のようにつぶやきながら、武田の前に立った。
武田は完全に怯えきっており、しっかりと足を閉じて、腰を引いてしまっていた。

「お、俺は何も…!」

再び、ヒナがネコのような素早さで獲物をとらえようとした時、背後からエイジの声が聞こえた。

「ヒナちゃーん!」

ヒナは一瞬、体を硬直させ、舌打ちをしたように見えた。
口元には、笑いをこらえるような歪みが浮かんだが、怯える武田の目には、それは冷酷な微笑みにしかうつらなかった。

「ヒナちゃん?」

再び声をかけると、ヒナはチラリと振り向いた。
公園の柵の向こうに、スポーツバッグを担いだエイジの姿が見える。

「…もう、ほっといてくれよ。ウザいんだよ、アンタたち」

ヒナは吐き捨てるように言うと、振り向いて、エイジの方へ歩いていった。
恐怖に足を震わせていた武田は、命拾いしたという思いで、その場に座り込んだ。
一方の山崎は、睾丸の痛みに歯を食いしばりながら、去っていくヒナの後ろ姿と、その先にいるエイジを睨みつけていた。

「友達?」

公園を出ると、エイジが笑顔でヒナを迎えた。
その屈託のない笑顔に、ヒナは一瞬、目を奪われてしまったが、それを隠すようにうつむいた。

「バカ。そんなわけないし」

「だよねー。なんか、すっごいヒナちゃんのこと睨んでるし。またケンカしてたの?」

「ケンカっていうか…まあね」

ヒナは口ごもった。
二人はゆっくりと歩きはじめる。

「今日、応援来てくれたでしょ? ありがとうね。おかげでボク、決勝まで行けたよ」

「あ、そう。アタシすぐ帰ったから。関係ないでしょ」

「そんなことないよ。ヒナちゃんが来てくれたから、頑張れた。ありがとうね。ヒナちゃんも、テニスやりたくなったでしょ?」

「別に。キツそうだし、アタシはいいよ」

「えー。大丈夫だよ。ヒナちゃん、ケンカも強いんだし、運動神経もいいって、絶対」

「ケンカと運動神経は関係ないだろ。アタシ、金蹴りしかしてねえし」

「いいじゃん。テニスだって、ボールを叩くだけだよ。アソコを蹴るのと似たようなもんだよ」

「ぜんぜん面白くねえから」

二人は話しながら、歩いて行った。
エイジと話をしている時の彼女は、普段とは比べ物にならないほど、弾んだ声と表情をしていることに、ヒナ自身はまだ気がついていなかった。




ヒナのスマートフォンが鳴ったのは、夜もだいぶ更けてからだった。
普段、彼女のスマホは、ほとんど鳴らない。
父親と離婚した後、夜の仕事で生計を立てている母親が、「今日も遅くなる」というLINEを送ってくるくらいしか、使い道がなかった。
自分の電話の着信音すら忘れてしまっていたヒナは、突然鳴りだした電話に、正直、驚かされた。

「ん…」

ベッドから身を起こして画面を見ると、エイジの名前がそこに表示されていた。
ヒナはスマホを手に取ったが、出ようとはしなかった。
用があるときはかけてこい、と言ったものの、エイジから電話がかかってきたのは、これが初めてだったような気がする。
ヒナは戸惑いながら、どうしていいかわからなかった。
やがて、スマートフォンは諦めたように、鳴るのをやめた。

「……」

ホッとしたような、残念なような、妙な気分になってしまう。
するとその数秒後、再び鳴りだした。
画面には、再び「広瀬エイジ」の名前が表示される。
ついにヒナは、通話ボタンを押した。
恐る恐るスマホを耳に当てる姿は、か弱い少女のそれだった。

「…はい。…もしもし?」

「浅川! 早く出ろや、クソッタレ!」

予想に反して、電話からエイジの声は聞こえなかった。
聞こえてきたのは、聞き覚えのある下品な声だ。

「…? アンタ…? 山崎?」

「そうだよ。山崎さんだ。驚いたか? お前の彼氏のスマホは、俺が持ってんだよ。どういうことか分かるか?」

嘲るような山崎の笑いが、ヒナの耳に飛び込んできた。
ヒナは混乱しながらも、事態を把握しようと、懸命に頭を回転させる。

「はあ? アンタ、何言ってんの?」

「お前の彼氏は、俺がシメたっつってんだろうが、このボケ! ほらよ」

山崎が電話を代わった相手は、エイジだった。

「もしもし? ヒナちゃん? ボクは大丈夫だからね。大丈夫だから。心配しないで…うっ!」

電話の向こうで、エイジは山崎に殴られたようだった。

「もしもし? おい! 何してんだよ! おい!」

エイジの声は、悲壮感に満ちたものだった。
ヒナがスマホに向かって叫ぶと、また山崎が電話に出た。

「うるせえ! 叫ぶな!」

「お前…! 何してんだよ! ぶっ殺してやるからな!」

ヒナは、自分の頭に血が上っていくのをハッキリと感じた。
山崎はそんなヒナの様子に満足したように、電話の向こうで笑っている。

「おう。ぶっ殺してえならよ、さっさと来いや。学校の近くの公園で待ってるからよ。一人で来るんだぞ。余計なことすんな。コイツがどうなるか、分かんねえぞ」

まるで誘拐犯人のようなことを、山崎は言ってのけた。
そしてそこで、電話はプツリと切れてしまった。
ヒナは飛び起きて、寝巻きのジャージ姿のまま、家を飛び出していった。






人気のない公園に、山崎とエイジの姿はあった。
エイジはすでに数回、殴られたようで、口元には血が滲んでいる。
目を血走らせた山崎の横で、力なくうなだれていたが、ヒナの姿が現れると、ハッと顔を上げた。

「ヒナちゃん!」

「来たな、浅川ぁ!」

ヒナはここまで走ってきた様子で、息を切らせていた。
長い髪はふり乱されて、ぐしゃぐしゃになっている。
エイジの姿を認めると、ホッとしたように息をついたが、すぐに山崎を睨みつけた。

「てめえ、イカれてんのか! 何してんだよ!」

「うるせえ! お前が逃げ回ってるからだろうが。お前のせいだぞ! コイツが殴られてんのはよ!」

山崎はちょっと正気を失っているかのように、まくしたてた。
さんざんヒナに弄られて、もはや不良としてのプライドにかけて、どんなことをしてでもヒナを潰してやると思っているようだった。

「ヒナちゃん! ボクは大丈夫だからね! 全然、迷惑なんかしてないから」

「うるせえ!」

かいがいしく声をかけようとするエイジの脇腹を、山崎が蹴飛ばした。
エイジはウッと呻いて、その場に倒れ込んでしまう。
それを見たヒナは、ついにブチ切れた様子だった。

「おい…! アタシに用があるんだろうが! 相手してやるよ!」

鬼のような形相で、山崎に向かって行く。
山崎も望むところという様子で、ヒナに向かって行った。

「来いよ!」

ヒナは迷わず、山崎の股間を狙って脚を振り上げた。
しかし、さすがに山崎も警戒していたようで、飛び下がるようにしてそれを避けた。
ヒナは怒りに燃えながらも、努めて冷静に、山崎の動きを観察しようとしていた。

「おい、ビビってんのか? 男だろ? かかってこいよ」

「うるせえ、ボケ! 調子に乗んな!」

悪態をついたが、山崎は慎重だった。
ヒナが徹底的に股間の急所を狙ってくることは分かっていたし、ヒナの手足の届く距離である限り、その危険度は高かった。
とにかく、うまく当たれば一発でKOされてしまう恐れがあるのが金的なのである。
山崎にしてみれば、確実な先制攻撃でヒナを仕留めてしまわなければ、返り討ちにあう恐れがあったのだ。

「…しょうがねえな。ちょっと本気出してやるよ」

何事か決心したように、山崎はヒナとの間合いを詰め出した。
ヒナにとっても、山崎の腕力は脅威だったのだが、彼女が狙うのは、ただ金的のみである。
どんなに殴られても、意識のある限り山崎の金玉を潰してやろうと決心していた。

意外なほど無防備に近づいてくる山崎を、ヒナは辛抱強く待った。
自分が攻撃される恐れはあるにせよ、もっとも効果的に金的を攻撃できる位置まで、引きつけたかったのである。
そしてついに、山崎がヒナの眼前にまで迫った。

「オラァ!」

真正面から、ヒナは山崎の股間を蹴りあげようとした。
山崎は足を閉じて防御するものの、本能的に腰を引いてしまう。
するとヒナは、またネコのような素早さで山崎に飛びかかり、その肩を掴んで、強烈な膝蹴りを山崎の股間に浴びせるのだった。

「オラ! オラ!」

まともに当たらなくても、連続して蹴れば、衝撃は金玉に伝わるはずだった。
とにかく、金玉にわずかでもダメージを与えれば、山崎の動きは十分鈍るはずだと思った。
しかし。

「おい…。それで終わりかよ?」

ヒナが肩で息をし始めたころ、山崎はようやく口を開いた。
まったくダメージを受けていない様子だった。
今までヒナが放った金蹴りにクリーンヒットはなかったが、それでも何ともないはずはない。
これには、傍で見ていた男のエイジでさえ、口を開けて驚くことしかできなかった。

「調子に乗んな、ボケ!」

山崎はヒナの長い髪を掴んだ。
そしてその顔を、思い切り殴りつけたのである。

「あっ!」

あっけなく、ヒナは地面に倒れてしまった。
今まで男相手のケンカで殴られたことはなかったが、これが、本来の男と女の体力の差だった。

「ヒナちゃん!」

エイジの声も耳に入らないほど、ヒナは混乱していた。
目の前の景色がグルグルと回り、自分だけ揺れる船の上に乗っているような気分だった。

「ホント、ワンパターンなヤツだなあ。お前が金玉狙ってくることなんか、分かってたんだよ!」

殴った山崎にとっても、それは会心の一撃だったようで、すでに勝利を確信したような余裕さえあった。
彼がヒナに脅威を感じていたとしたら、それはただ一点、金的蹴りに対してだけで、それが通用しないとなれば、勝利は揺るがないはずだったのだ。

「どうした? もうおしまいか、コラァ!」

地面に座り込むヒナの顔に、靴の裏で踏みつけるような蹴りを浴びせた。
およそ中学生のケンカでするような行為ではなかったが、ずいぶん前から、山崎はヒナのことを年下だとも、女の子だとも思っていなかった。
男のプライドの象徴であり、命の次に大事な金玉を、さんざん痛めつけられてきたのである。もはや、ヒナには何をしてもかまわないという気持ちが、山崎の考えを占めていた。

「うっ! …てめえ!」

軽い脳震盪を起こしていたヒナは、かえってそれで正気に返ったのか、蹴りを受けた直後、座ったまま、山崎の股間に下からパンチを打ち込んだ。

「おっ!」

山崎の動きが、一瞬、止まった。
今度こそ、急所にキレイに入ったはずだった。
しかし、ヒナは気がついた。
山崎の股間には、何か、クッションのような詰め物がしてあったのだ。
膝蹴りをしているときには分からなかったが、拳で殴ってみて、初めて違和感に気がついたのである。

「へっ! 効かねえってんだよ!」

しかし、それに気づいたからといって、どうすることもできない。
山崎は嘲るように笑い、再びヒナに蹴りを入れた。

「ああっ!」

ヒナの体は横倒しに倒れ、地面に顔をついてしまった。
今まで、男の金玉を攻撃することで無敵を誇っていたヒナだったが、それを封じられてしまうと、こんなにもあっけなくやられてしまう自分を、思い知らされた。

「オラ! 今まで、ずいぶん調子に乗ってくれたなぁ!」

倒れ込んだヒナの頭を、無情にも踏みつけた。
ヒナの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
悔しいとは思わなかった。
元々、反則のような真似をして、勝っていただけだったから。
自分がケンカに負けることは何とも思わなかったが、ただ、自分のせいでエイジに迷惑をかけたことが、悲しかったのだ。

「これでお前も、自分の実力がわかっただろ? ああ? セコイ真似ばっかりしやがって。とりあえず、明日からお前は、俺の奴隷だ。まあ、色々とやりたいこともあるからよ。お前もおとなしくしとけば、それなりだし、なあ?」

ヒナの頭を踏みにじりながら、山崎は勝ち誇った。
そしてその表情には、いやらしいオスの欲望が、わずかに見え隠れしているようだった。
その時。

「どけーっ!!」

山崎の背後から、エイジが体ごと突っ込んできた。
不意を突かれた山崎は、避けることもできず、そのタックルをまともに食らってしまう。

「うおっ!」

長身のエイジが、全速力で突っ込んできたのだ。
山崎の体は2メートルも吹っ飛ばされ、地面に転がった。

「かっ…! はっ…!」

背中を強打した山崎は、呼吸ができなくなったようで、すぐに立ち上がることができなかった。
解放されたヒナが顔を上げると、そこには、怒りに肩を震わせるエイジの後ろ姿があった。

「お前…!! ヒナちゃんに、何してんだ!!」

ヒナも初めて見る、怒り狂ったエイジの姿だった。
地面に横たわる山崎のベルトを掴むと、そのまま両手で、山崎の体を高々と持ち上げてしまった。

「うわっ! わっ!」

予想だにしていなかったエイジの反撃に、山崎は慌てて、空中で手足をばたつかせた。

「何してんだよーっ!!」

エイジの背中の筋肉が、はち切れんばかりにTシャツを膨張させていた。
ベルトを掴んだまま、山崎の体を振り回し、そのまま頭からブン投げてしまった。

「わーっ!!」

山崎の体は、ヘッドスライディングのように頭から地面に突っ込んだ。
その拍子に、ズボンがすっぽ抜けて、股間に隠していたタオルが落ちた。

「ふう…ふう…」

横たわったまま動かなくなった山崎を見て、エイジはようやく我に返った。

「ヒナちゃん! 大丈夫?」

まだ座り込んだままのヒナの側に駆け寄ると、思わずその肩を抱きしめた。
ヒナは、エイジの大立ち回りを呆然と眺めていたが、やがて安心したように、エイジの胸に頭を傾けた。

「なんだ…。エイちゃん、めっちゃ強いじゃん…」

思わず、ヒナはそう言った。

「ゴメン、ヒナちゃん。ボクがアイツに捕まらなければ…。ボク、ケンカとかしたことなかったから…」

「いいよ。元々、アタシのせいだし。でも、すごい力だね。びっくりした」

「うん…まあ…。部活で鍛えてるからね。ヒナちゃんも、テニスやる?」

ニッコリと笑った顔は、普段のエイジに戻っていた。
しかしヒナの脳裏には、先ほど見たエイジの力強く大きな後ろ姿が、焼き付いていた。

「……」

ヒナが黙ってゆっくりと目を閉じ、心もち唇をとがらせると、数秒の戸惑いの後、エイジは唇を重ねてきた。

「……ん!」

二人が目をつぶって口づけした直後、エイジはハッとして目を開けた。
ヒナの右手が、エイジの股間に伸びて、そこにある二つの膨らみを掴んだのである。

「んん…!!」

エイジは一瞬、身をよじって抵抗したが、ヒナが目を開けて、その瞳に悪戯っぽい笑みが浮かんでいるのを見ると、抵抗するのをやめた。
やがて二人は唇を離し、見つめ合った。

「ヒ、ヒナちゃん…!」

エイジは肩を震わせて苦しみながらも、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。

「やっぱり。エイちゃんも、痛いんだ…?」

ヒナもまた、頬を赤らめて、明らかに興奮していた。
その手にはエイジの二つの睾丸がしっかりと握られており、また、握り始めた直後から、エイジのペニスが勃起し始めていたことを、ヒナは感じとっていた。

「痛いよ…。痛いよ、ヒナちゃん! ああ!」

エイジは天を仰ぎ、苦しみと快感に喘いだ。
ヒナはそんなエイジを、愛おしそうに見つめている。

「…カワイイ」

ヒナは手の中でエイジの睾丸を転がしながら、つぶやいた。




終わり。






当ブログを見て頂いてありがとうございます。
管理人のMcQueenです。


数年ぶりにブログを更新させていただきました。
今や、こんな形で作品を発表するのも時代遅れという気もしますが。


しばらくブログを更新していなかった理由は、「金蹴りモノAV」のラストのセリフのように、
「自分の作品では興奮しなくなったから」です。


私は女性が急所攻撃をするお話が大好きですが、作品の構想を考えていると、だんだんと興奮が薄れてきます。
書き終えるころには、性的興奮よりも文章力や評価などが気になってしまいます。
かなりいろいろなシチュエーションの話を考えたため、普通に考えられる状況では興奮しにくくなってしまいました。


そうして数年間、放置していたブログを読み直してみると。
いい感じに内容を忘れていたため、久しぶりに興奮しました。
久しぶりに、作品作りのモチベーションが湧いてきました。


やはりこのブログは今後とも、私の性的興奮を満たすことを第一に、続けていきたいと思います。
もし趣味嗜好の合う方がいらっしゃれば、お付き合いください。
コメントにはなかなかお答えできませんが、拍手などは大変励みになります。


今後ともよろしくお願いいたします。



放課後の高校。
部活に所属しておらず、一緒に帰る友達もいない加藤ツバサは、いつも通り静かに、帰宅の準備をしていた。
詰め襟の黒い学生服を着てはいるものの、小柄で華奢な彼の体にはまったく似合っていなかった。
常に潤んだような大きな瞳には長いまつげがかかり、小さな唇はリップクリームを塗っているだけで柔らかく、艶めいて見える。
もう17歳になるというのに、彼の中の男性ホルモンは、外見上はまったく機能していないかのように見えた。

ブブブ…

学校ではめったに鳴らない彼のスマートフォンが、メッセージの受信を知らせた。
ツバサ自身も驚いたが、すぐにその内容を悟ったのか、白い指先で隠すようにしてスマホを取った。

『明日、空いてる?』

メッセージは、そう表示されていた。
差出人の欄に、「リオ」と出ている。
ツバサは無意識に、ゴクリと唾を飲みこんでから、心もち震える手でメッセージを打った。

『空いてます』

返事はすぐに返ってくる。

『うちに来て。朝8時くらい』

そのメッセージを読むと、ツバサは思わず顔を上げて、前を向いた。
その視線の先には、三つほど前の机に座っている、野口リオの背中がある。

「リオ、誰とラインしてんの?」

「んー。別にー」

リオの周りには2,3人の女友達がたむろしていて、これからどこに寄って行こうとか、明日の土曜日はどこに遊びに行こうなどと話している様子だった。

「リオは? 明日、一緒に行く?」

女生徒の一人が尋ねた。

「ん? いや、アタシはいいよ。明日、予定あるから」

「えー、マジで? 怪しいー。アンタ、彼氏できたぁ?」

「違うって。中学の友達がさ、文化祭やるんだって。それに誘われてるから」

「へー。文化祭かぁ。面白そうじゃん」

「うん。でも、そこって超お嬢さま高校だから。アンタたちと一緒に行ったら、その友達に引かれるから。ついてこないでね」

「はぁ? アンタ、それ超失礼じゃない? ていうか、行かねーし」

「だよねー」

リオとその友達の女生徒たちは、笑い合っていた。
その様子を見ていたツバサは、やがて目を落とすと、『分かりました』というメッセージを送信した。




翌日。
少し肌寒い秋の風の中を、野口リオと加藤ツバサが、連れだって歩いていた。
年齢よりも大人びた外見をしているリオは、グレーのセーターをゆるく着こなしたスタイルで、ショートパンツからストッキングに包まれた脚が長く伸びている。手にはエナメル生地の赤いハンドバッグを提げていた。
その少し後ろを歩くツバサは、まるでどこかのティーンズ雑誌から飛び出してきたかのような、可愛らしいワンピース姿だった。首元までつまった襟と、手が半分隠れそうなほどの長袖が、清楚で大人しい印象を与えている。唯一そのスカート部分の裾だけが、普通よりもだいぶ上の方まできているようだった。
すね毛などまったくない細い脚は真っ白で、黒いニーハイソックスがさらにそれを際立たせている。
どこからどう見ても、二人は休日にお出かけをしている女の子二人組だった。

「いいじゃん。似合ってるね、その服」

前を歩くリオは、ちょっと振り向いてから、今日何度目かになるその言葉を言った。

「あ…うん…。ありがとう…」

その度にツバサは、もじもじとしながら礼を返すのだ。
実際、女のリオの目から見ても、ツバサはカワイイ女の子だった。
朝、リオの家で着替えてからここに来るまで、何度そう思ったか知れない。
例えば電車の中。
リオはあえて少し離れて立ち、他人のようなふりをして観察していた。
ツバサは電車が揺れるたびに、スカートの裾がめくれはしないかと下を見たり、背後に若い男が立ったりすると、片手でさりげなくお尻をおさえたりして、意識しているようだった。
その姿は、まるで初めてのデートでお洒落をしすぎてしまった中学生の女の子のようで、横目で観察するリオの嗜虐心を満足させるものだった。

「でも…やっぱりちょっと…短すぎないかな…? このワンピース…」

言いながら、ワンピースの裾をギュッと掴み、手に持った小さなポーチで、脚が少しでも隠れるようにした。
この服は、リオに言われて、インターネットで買ったものだった。
普段のメイド喫茶のアルバイトなどでは、スカートの下にきつめのスパッツを履いて、股間のイチモツを押さえつけているのだが、この短いワンピースでは、スパッツを履くことができなかったし、リオにも履くなと命令されていた。
今、彼の股間を守るものは、女物のパンティー一枚でしかなく、少し激しい動きをすれば、イチモツがこぼれ落ちてしまうかもしれない状態だった。
それによって、ただでさえ大人しいツバサの動きはさらに控えめなものになり、さらにこの危うい状況が、彼の心に怪しい快感をもたらしているようにも見えた。

「いいってば。隠さないで」

リオはツバサの手を取って、スカートから離させた。
結果的に二人は手をつないでしまうことになり、それがツバサの心にさざ波を立てる。
リオは、そんなツバサの心中を見抜いているのか、ふと立ち止まると、じっとその目を見つめた。

「アンタは今日、アタシの従妹のツバサちゃんだから。まだ中学生の、大人しい女の子なの。わかった?」

口元は緩んでいたが、その目は笑っていなかった。
ツバサはその目を見ると、いつもの習慣で、反抗する気持ちを削がれてしまう。

「はい…」

小さくうなずくと、リオは満足した様にまた歩き出した。
やがて大きな建物が見えてきた。

「あ…。あれ?」

古いレンガ造りのその建物は、ツバサが想像していたよりも大きく、荘厳なものだった。

「そう。名前はなんだっけな。聖なんとか女学院だったかな。お金持ちの子供がいっぱい通ってるっていう、超お嬢さま学校だって。すごいよねー」

こともなげにそう言ったが、ツバサの耳には、意外すぎる単語が残った。

「え…? その…なんとか女学院って…?」

「うん、女子校。お嬢さま学校って言ったじゃん。小・中・高ってあるらしいよ。アタシの友達は、高校から通ってるんだけどね」

「え…? 女子校って…。その…文化祭は…」

「うん。なんか、けっこう警備が厳しいらしくてさ。女の子は誰でも入れるけど、男は基本、生徒の家族だけなんだって。でも、アタシ去年も来たけど、全然男はいなかったかなあ。やっぱり、女の子ばっかりだから、居づらいのかな」

「え…?」

ボクは男だけど、というツバサの心の声は、実際には音にならなかった。
すでに学校の入り口の門まで十数メートルというところまで来ていたし、あるいはこの会話も、門の前に立っている初老の警備員の耳に届くかもしれないという気持ちが働いたのだった。
ツバサは、初めて知ったリオのずるい「計画」に愕然として、思わず立ち止まってしまう。

「ん? どうしたの?」

リオは、あるいはこの反応を予想していたかのように、それすら楽しんでいるかのようだった。

「あ、あの…ボク…」

泣き出しそうな目で、スカートの裾をギュッと掴むツバサは、本人が思っているよりもはるかに女の子らしかった。
心持ち首を垂れて、白いうなじを見せるその姿を見たリオは、満足そうな笑みを浮かべて、その手を握ってやった。

「大丈夫。お姉ちゃんがついてるから。ツバサちゃんは、いつも通りしてればいいのよ。ね?」

ニッコリと笑ったその笑顔が、ツバサには女神の微笑みのように見えた。

「うん…」

思わず泣きつくような声が出てしまった。

「じゃ、行こう」

そのままツバサの手を握って、まるで本当の従妹同士のように、連れだって歩いて行った。
美術館の入り口のような重厚な校門をくぐるとき、脇に立つ警備員に会釈をする。

「こんにちはー」

「こんにちは…」

二人が頭を下げると、初老の男性警備員も帽子に手をやり、頭を下げた。
ツバサは心中、顔も上げられないほど緊張していたが、思春期の女の子を見慣れているその警備員にとっては、それはむしろ日常の出来事のようだった。

「ね? 大丈夫だったでしょ?」

校門をすぎてからしばらくすると、リオはそう言って笑いかけた。
ツバサも、最大の関門と思えたそれを突破した喜びから、次第に顔がほころび始めてきた。
改めてあたりを見回すと、文化祭ということで、校内は人で溢れていた。
そこかしこにテントが張られ、お菓子を売ったり、手作りの小物を売ったりしている。
制服を着ているのは学校の生徒で、私服なのは、リオのように友達から招待された生徒たちだろう。もちろんそれらすべてが女の子で、リオが言うように、男の姿など全く見えないようだった。

「あ、リオー!」

中庭に出されていたテントの一つから、声をかけてくる生徒がいた。

「あ、カナー! 久しぶりー! 元気してた?」

どうやらそれがリオの中学時代の友達らしく、二人は両手を取り合うようにして、笑い合った。

「今年も来てくれたんだね。ありがとう」

「うん。他の学校来るのも楽しいからね。今年は何やってんの?」

「あ、えーっとね。今年は、チョコバナナ売ってるんだ。買っていかない?」

「えー。タダにしてよー」

「またぁ。一応、売上目標立ててるんだから。協力してよね」

リオと友達が話しているのを、ツバサはその少し後ろからジッと見つめていた。
その友達は、普段リオが付き合っている女の子たちとは少し違って、どことなく上品な雰囲気の漂う、飾り気のない、真面目そうな女の子だった。
屋台の中にいる生徒たちもそれは同様で、超お嬢さま学校というリオの表現も、決してオーバーなものではないようだった。

「あれ? リオの友達?」

一通り会話をした後、ようやくツバサの存在に気がついたようだった。

「ううん。アタシの従妹。ツバサちゃんっていうの。まだ中学生なんだ。ツバサちゃん、この子がアタシの友達で、カナコっていうのよ」

「あ! …はい。ツバサ…です。よろしくお願いします…」

心の準備はしていたつもりだったが、メイド喫茶の自己紹介のようにはいかなかった。
思わず、上ずった声で答えてしまう。

「あ、私はカナコです。カナって呼んでいいよ。よろしくね、ツバサちゃん」

ニッコリと笑いかける。
そこにはツバサがいつもバイト先で見ている男たちのような、媚びた表情や性を感じさせるような仕草はまったくなく、ただ純粋な女の子同士の雰囲気しかなかった。
それがツバサにとっては新鮮であり、自分が女の子としか見られていないことを実感する。

「あ、はい…。よろしくお願いします」

これだけたくさんの女の子がいても、誰一人自分のことを男だと気付いていない。小さいころから女の子に憧れ、密かに女装を続けていたツバサにとっては、自分の努力がようやく実ったような気がして、嬉しかった。
と同時に、自分が実は男であることを隠しているという事実が、何か秘密の悪事でも働いているような、奇妙な高揚感と快感を、ツバサの心に与えている。
本人も気がつかないほどにゆっくりと、しかし確実に、ツバサの股間の男性の象徴が膨らみ始めていた。





「ねえ、ツバサちゃんも食べていかない? チョコバナナ。美味しいよ」

「あ、はい…」

「だから、タダなら食べるってば。カナのおごりにしてよ」

ツバサがポーチから財布を取り出そうとすると、リオが横からそう言ってきた。

「ダーメ。友達でも、お金はもらいます。あ、そうだ。二本買うんだったら、オプションをサービスしてあげてもいいよ」

「オプションって?」

「じゃーん。こちらでーす」

カナはそう言って、チョコバナナが並んでいる台の前に置かれた、小さな銀色の鍋のふたを開けて見せた。
IHヒーターの上に置かれたその鍋の中には、とろりとした白い液体が入っており、ふたを開けると、甘い匂いがあたりに広がった。

「なにコレ? チョコレート?」

「そう。あまーいチョコバナナに、さらにホワイトチョコフォンデュができるんだよね。ホントならプラス100円貰うんだけど、サービスでタダにしてあげるよ」

「へー。美味しそうじゃん。分かった。これ、買うね。アタシとツバサちゃんの分。二本ちょうだい」

「ありがとうございまーす!」

カナコを含めた、屋台の女の子全員が、ペコリと頭を下げた。

「えーっと、じゃあさ、それちょうだい。そっちの、2段目のヤツ。あ、それじゃない。その隣の、もっと太いヤツ。そうそう」

リオが黒いチョコレートで覆われたバナナを選んでいる間、ツバサは男なら当然想像するであろうことを思い浮かべていた。

「あ、ありがとー。それで? これをつけて食べるのね?」

「そうそう。たっぷりつけちゃって。サービスだからね」

リオは手に取ったチョコバナナを、銀色の鍋の中に溶けているホワイトチョコレートに、カナコに勧められた通り、豪快に突っ込んだ。
鍋から持ち上げたチョコバナナの先端には、べったりと粘り気のある白い液体が付着していた。

「あ、美味しそー」

「熱いから、気を付けてね」

「はーい」

と、リオはチョコバナナの先端についたホワイトチョコを、舌を伸ばして舐めとろうとする。
その様子を、ツバサは無意識のうちに凝視してしまっていた。

「あ、ツバサちゃんも食べるよね?」

「あ! は…はい…」

彼女たちは、本当に気がついていないのだろうかと思った。
リオはともかく、あるいはこの学校の生徒である育ちの良いお嬢さまたちは、気づいていないのかもしれない。
今どき、テレビの深夜放送でも規制がかかりそうな、白い粘着質の液体がついたバナナを見て、ツバサはそう感じていた。
男なら、リオのような美少女がバナナを口に咥えているだけでも連想してしまうことがある。ましてその先についた白い液体を舌で舐めとる姿といったら。写真を撮られて、ネット上に拡散されてもおかしくないほどの刺激的な光景だった。
しかし今この空間には、女の子しかいないのだ。
しかも奇跡的に純真で、無垢な女の子たちしか。
幼少のころから女の子に憧れを持ち、女装を趣味としているツバサだったが、その性的嗜好は意外なほど一般的なものに近かった。

「あっ…つ! 熱いね、コレ。でも、おいしー」

唇についたホワイトチョコを、舌をペロリと出して舐めとったその表情に、ツバサの中のスイッチが入ってしまった。
もはや自分でもよく分かるほどに、ツバサの股間にある男の象徴が、膨張してしまっている。

「はい、ツバサちゃんもどうぞ」

「あ、ありがとう…ございます」

チョコバナナをカナコから受け取ろうとしたときにはすでに、その腰は少し引き気味になってしまっていた。
ツバサの股間にあるイチモツは、平均的な男子高校生のそれより小さめなことは自覚していたが、それでも全開まで勃起すれば、女物のワンピースの前を膨らませることくらいはできそうだった。

「あ…おいしいです…」

「ホント? ありがとー」

それと分からないように、股間に細心の注意を払いながら、チョコバナナを頬張る。
その様子を、リオは横目で、しかし注意深く見ていた。

「あ、ツバサちゃん。服にこぼれちゃったよ」

先に食べ終わったリオが、ふとツバサのワンピースを見て、そう言った。

「え? あ…」

どうやら、チョコバナナに付いていたカラフルなスプレーチョコが、ツバサのワンピースに落ちてしまったようだった。

「もー、ダメじゃない、気をつけなきゃ。その服、買ったばっかりなんでしょ? どれ、見せて」

その様子は、親戚のお姉さんが年下の従妹をしつけるものに相違なく、ある意味で微笑ましい光景だった。
カナコと他の生徒たちも、その動作に何の違和感も感じず、客の対応や呼び込みを続けていた。

「はい、ちゃんと叩いて落としてね。パンパン!」

「うっ!!」

と、ツバサは息を詰まらせ、思わず手に持っていたチョコバナナを落としそうになった。
ワンピースのスプレーチョコを払い落としていたリオの右手が、不意にツバサの急所を、ピンポイントで下から叩き上げたのである。
ムニュっとした感触がリオの掌に伝わり、彼女は自分の作戦がうまくいったことを確信する。

「あ…うぅ…」

軽く叩かれただけとはいえ、勃起によってキュッと引き締まっていた男の急所は敏感だった。
じんわりと湧き上がってくる痛みをこらえるため、腰を引いて股間を手でおさえそうになるツバサに、リオが耳元で囁いた。

「どうしたの? そんなとこおさえちゃって? アンタが男だって、みんなにバレちゃうよ?」

「…!!」

ツバサの顔から、一気に血の気が引いた。

「女装して女子校に入ってくるなんて、完璧に変態だよね。さっきの警備員さんが飛んできて、アンタのことつまみ出しちゃうんじゃない? ひょっとすると、警察に連れて行かれるかも…」

唇をゆがめて囁きながら、細かく震えだしたツバサを観察している。

「でも大丈夫だよね? ツバサちゃんは女の子なんだから。脚の間に余計なものなんてついてないんでしょ? 叩かれても痛くないし、エロい想像して膨らますものもないんだよね。頑張ってね、ツバサちゃん」

その囁きは、決して周りの人間に聞こえることのないものだったが、ツバサの脳内には深く刻み込まれた。
ツバサは唇を噛みしめて、なんとか背筋を伸ばそうとした。
しかし下腹部から湧き上がってくる痺れるような痛みは、そう簡単には治まるものではなく、片手を腰に当てて、内股になって両ひざを揃えることで、必死に耐えていた。

「ほら、キレイなった。良かったね、ツバサちゃん」

「う、うん…。ありがと…」

リオの後ろに、カナコたちもいる。
今は何も気がついていないが、もしツバサが股間をおさえてうずくまるようなことになれば、さすがに彼女たちも異常に気がつくだろう。
周りにいる自分以外の人間はすべて女性で、このどうしようもない金玉の痛みを味わわなければならないのは自分だけなのだとだという事実に、ツバサは強烈な孤独感と劣等感を感じてしまった。
この広い学校の中に、股間を軽く叩かれたくらいで悶絶するような痛みを感じる人間が、他にいるだろうか。
ショートパンツを履いたリオの股間は、すっきりとした逆三角形を描いているし、学校の生徒たちも、スカートの股間をみっともなく膨らませる心配などしたことがないだろう。
そう思うと、ツバサは自分の股間についている男の象徴がこの上なく情けないものに思えてきて、自分も周りにいる女の子たちのように、すっきりとした股間になりたいと、願うような気持ちになってしまった。

「あ、まだついてた。指で弾いちゃうね。ピーン!」

痛みと苦悩で、思考が半分停止していたツバサの股間を、リオが中指で弾いた。
もちろん、先程の一撃でツバサの金玉袋の位置を確認していた彼女は、それを斜め下から弾くように狙いを定めていた。

「あうっ!!」

再び、ツバサの股間に衝撃が走った。
弾いたのは女の子の細い指のはずだったが、受けた衝撃は、重いハンマーで殴られたようだった。

「ぐ…う…!!」

体中に電気が走ったように、一瞬硬直したツバサの体は、ゆっくりと下から上がってきた強烈な鈍痛に耐えるように、細かく震えていた。
額に脂汗を浮かべながら、眉を寄せて痛みに耐えるツバサのその表情に、リオは思わず興奮してしまう。

「痛かった? ねえ、痛かったの?」

リオが目を輝かせて聞いても、ツバサはただ、うなずくことしかできない。
「自分は女の子なんだ」といくら言い聞かせようとしても、股間から湧き上がってくる痛みはそれを全否定して、男に生まれたことを後悔させようとする。

「痛いよね? アンタやっぱり、男だもんね。指で弾いただけで、震えちゃうくらい痛いタマがついてる、男だもんね」

そう囁くリオの顔は、本人が気づかないうちに、笑ってしまっていた。
どうやら彼女は、ツバサが感じている劣等感とは全く逆の、女だけが持つことを許される優越感を噛みしめているようだった。
他人から見れば、リオは平均をはるかに上回る美少女で、スタイルも良く、同性から憧れられる存在だったが、彼女自身は、自分のことを美しいと思った経験は少なかった。その矛盾が、彼女の女としての欲求や性格を屈折したものにしてしまっているようだった。
その原因は、幼少のころに両親が離婚し、母子家庭で育ったため、父性というものに触れることがなかったためかもしれない。
人生で最初に愛すべき異性を持たなかったリオは、思春期になると男に対してどういう感情を持つべきなのか理解できず、自分の外見ばかりを褒める男たちが、安っぽい存在にしか見えなかった。
そして次第に男そのものを軽蔑するようになり、女性の優越性を信じて、男に恋をすることなど考えもしなくなってしまったのである。
そんなときに現れたのが、ツバサだった。

「ツバサちゃん、大丈夫?」

満面の歪んだ笑みを浮かべながら、しかし心底心配しているかのように、リオはツバサの肩を抱きしめた。
そして、彼の耳元で囁くのである。

「ツバサちゃんは、髪もサラサラで、いい匂いもするし。ホントに女の子みたいなのにね。お股の間にブラブラするみっともないもの下げてて、それですっごく痛い思いしてるんだ。かわいそう…」

外見は、リオが憧れると言ってもいいくらい女の子らしい女の子であるのに、実際にはそれはまやかしに過ぎず、本当の姿は、彼女が軽蔑しきっている男。
ツバサの中にあるそのギャップを見つけたときに、彼女は自分の中の隠されていた性的嗜好が、花開くような気がした。
それは、丹念に積み上げた積み木を、一気に崩してしまうような解放感。
豪華にデコレーションされたケーキを、足で踏みつけてグチャグチャにしてしまうような、そんな屈折した快感に近いものだった。

「あ…うぅ…」

一方のツバサも、抱き付かれて感じたリオの女の子らしい柔らかい体の感触に、劣等感を伴ったほろ苦い快感を覚えていた。
女性に憧れ、見た目は完璧に女の子になったつもりだったのに、今、自分が味わっている痛みと苦しみは、どうしようもないほどに自分は男なのだと感じさせている。
それはどこまでいっても変わることのない、ツバサの男としての肉体の欠陥のようなものだった。
そう考えると、今、自分に体を寄せているリオという女性とその欠陥の無い肉体に、恋愛感情をはるかに超える尊敬の念のようなものを抱かずにはいられなかった。

「あれ? どうかしたの、ツバサちゃん?」

背中を曲げてうつむいているツバサと、それを支えるように肩を抱くリオを見て、さすがにカナコたちも異常に気がついた。

「あ、うん。なんかちょっと、急にお腹が痛くなっちゃったみたい」

「あ、そうなの? 大丈夫?」

「うん。まあ…。大丈夫だよね?」

リオはツバサの下腹部のあたりに、そっと手を添えてやった。

「ちょっと、トイレに連れて行ってくるね。どっちかな…」

「あ、トイレ、あっちだよ。校舎の中にあるから。お大事にね、ツバサちゃん」

「あ、はい…」

最後にようやく、ツバサは青い顔をしてうなずくことができた。
そしてそのツバサを支えながら、リオは校舎の方へ歩いて行った。





二人が入ったのは、もちろん女子トイレである。
普段から女装してアルバイトをしているツバサは、女性用トイレに入ったことがないわけではなかったが、女子校の中の女子トイレとなると、さすがに少し緊張した。
しかし、そんなことに躊躇していられないくらい、彼の痛みは限界に達していた。
トイレの中に誰もいないと見ると、よろけながら個室に入り、そこでようやく腰を曲げて股間をおさえることができたのである。

「あぁ…ん…」

安心したのか、思わず声が漏れた。
ワンピースの上から彼が大事そうに両手で包み込んだその男の象徴は、まだリオに指で弾かれた痛みがジンジンと残っている。
触りたくても触れなかった、そのか弱い大切な二つのタマを、ツバサは愛でるように指先で揉んでやった。
すると、

トントントン

と、リオがツバサの腰のあたりを叩き始めた。
気がつけば、狭い個室の中にリオも入り込んでいて、彼女はツバサが自らの睾丸を守るように手で包みこみ、痛みに耐えるさまを一部始終見ていたのである。

「こうすると、よくなるんでしょ?」

小さく笑いながら、ツバサの腰のあたりを、拳で叩いている。
痛みの原因を作り出したのは、そもそもリオだったのだが、それでもツバサは腰を叩かれることで痛みがわずかでも散っていくような気がして、何も言うことができなかった。

「あ…ああ…」

思わず喘ぎ声のようなものが漏れてしまう。
目をつぶって、眉を少し寄せたその表情を、リオは注意深く観察していた。

「大丈夫? しばらくは痛いんでしょ? ホント、大変だよね、男って」

リオの手はやがて、ツバサの腰をやさしくさすり始めた。

「どんな風に痛いんだろう。アタシにも分かるかな? 叩かれた時、どうだった? 説明できる?」

「あ…はい…。あの…最初にグンってした痛みがあって、その後から、ジワジワってくる感じで…」

「ふーん。叩かれた時が一番痛いの?」

「いや…その…。叩かれた時も痛いですけど…その後からジワジワってくる方が、キツくて…。お腹が痛くなるっていうか、腰が抜けるみたいな…。変な感じになります…」

「へー。お腹が痛くなるんだ? タマを叩かれたのに? じゃあ、その時はもう、タマは痛くないの?」

話しながら、リオの手は徐々に下がっていき、ツバサの腰から尻へ。そして、いつの間にか短いスカートの裾をたくし上げ、その中へと入っていった。

「あ…いや…。タマも痛いです…。痛いけど、やっぱりお腹全体が痛いっていうか…。どこが一番痛いとかは、もう…」

「ふーん…」

話を聞いているのかどうか。リオはツバサのスカートの中に手を入れると、女物のパンティー一枚に包まれた下腹部をまさぐった。

「あ! …ん!」

ツバサはたまらず、またしても喘ぐような声を上げてしまった。

「ちょっと。静かにして。誰かに聞こえちゃうでしょ」

耳元で囁くと、慌てて口をギュッとつぐむ。
リオの手は、尻の方からツバサの股間をまさぐり、やがてその真ん中にある膨らみにたどり着いた。
女性用のパンティーの薄い滑らかな生地の向こうに、男の象徴である二つの丸い塊があることを、リオの右手は感じた。

「あ、ここね。ここが痛いんだ…。ふーん…」

最初は指先で、撫でるように。やがて掌全体で包み込むように、リオはツバサの睾丸を弄んだ。
先程叩かれた衝撃がまだ抜けず、重苦しい痛みを発し続けている睾丸は、持ち主が思っているよりも敏感で、リオの手が動くたびに、ツバサは声を上げそうになるのをこらえていた。、

「ねえ、ちょっとこっち向いてよ」

一度、膨らみから手を離すと、リオはそう言った。
男特有の痛みと快感を同時に味わっていたツバサは、半ば朦朧とした思考の中で、その命令に従う。

「ちょっとめくって見せて」

すでにほんのりと頬を染めているツバサの顔を見て、さらにそう命令した。
ツバサの手が、わずかなためらいの後、スカートの裾に伸びて、ゆっくりとそれをたくし上げていく。
薄いピンク色のかわいらしいパンティーが、顔を出した。
ウエスト部分にそって小さなフリルのついたそれは、本来なら女性のなだらかな股間をすっきりと美しく見せる効果のあるものだったろう。
しかし今、ツバサの股間にあるものは、不格好に膨らんだピンク色の塊だった。ほぼ完全に女の子に化けきったツバサの、最後に残された男のシンボルは、まるで自分の居場所を主張するかのように、薄い布地をもっこりと盛り上げている。

「プッ…。なに、コレ? なんか、プルプルしてない?」

リオが思わず笑ってしまうほど、ツバサのその部分は滑稽だった。
本来ならすっきりと平らになっていなければならないはずの股間がぷっくりと膨れ、しかもそれはツバサの体の震えに合わせて、細かく揺れているのである。

「こんなの付けてたら、歩きにくいでしょ? ポロって出ちゃいそうだもん、コレ」

そう言われても、ツバサは何も答えることができなかった。
ただ、眉を寄せて目をつぶり、唇を噛みしめながら恥辱に耐えている。

「女の子にはさあ、こんなの付いてないんだよ? さっきのカナだってそう。この学校にいる人みんな、こんなのぶら下げてないの。こんなモノ付けてるのは、ツバサちゃんだけだよ。なんか、面白いね」

言いながら、リオの手が再びツバサの股間に伸びた。
優しく、下から撫で上げるようにして、その膨らみを包み込む。

「でも、ツバサちゃんにとっては、これが大事なんでしょ? とってもとっても、大事なものなんだよね?」

以前、リオに金玉を握りしめられた記憶がよみがえり、ツバサは震えながらうなずいた。
しかしリオは、小動物のように震え、恐怖に歪んだツバサの顔を見ながら、なかば恍惚としたような表情を浮かべ始めた。

「そうだよね。大事だよね。これがないと、男の子じゃなくなっちゃうんだから。もしこれが潰れたりしたら、ツバサちゃんの人生、終わっちゃうんだよね」

リオの手がゆっくりと、大きく動き始めた。
ツバサの男としての最大の急所をその手の中に収めているという事実が、彼女に異様な興奮をもたらしている様子だった。
パンティーに包まれたツバサの金玉袋は、恐ろしくなめらかな手触りで、柔らかい弾力があり、握りしめて潰そうと思えば、いつでもできそうな気がした。
ツバサもそれを感じていたから、リオの手が激しく上下し始めても抵抗せず、声を上げることすら抑えていた。

「…男って、かわいそう。こんな小っちゃいもっこりを指で弾いたくらいで大騒ぎしちゃってさ。フフフ…。今度は撫でられたくらいで、感じちゃってるし。ホント、面白いよね」

リオの言葉が、徐々にツバサの耳に入らなくなってきた。
無防備な急所を女の子に握られているという、喉元にナイフを突きつけられているような緊張感が、ツバサの興奮を加速させているようだった。

「あ…!!」

あっというまにペニスが膨張し、小さなパンティーを突き破らんばかりに勃起してきた。
そしてリオの手がさらに激しく動き続けると、膨らみの先端から、うっすらと液体が滲みだしてきているようだった。

「んっ…! んん…」

トイレの個室とはいえ、声を上げることはまずいとツバサも理解していた。
目を固くつぶって、喉からこみ上げてくるものをぐっとこらえようとする。
しかし、リオの手は薄い布地の上から、容赦なく肉棒をしごき続ける。
やがて、ツバサの中で何かスイッチが入るような感覚があった。

「あっ! ああ…!」

もはや我慢の限界で、射精が近いことがリオの目にもハッキリと分かった。
その手の中で、ツバサの肉棒が限界まで硬度を上げている。

「イクの? ねえ、イキそうなの?」

ツバサは目を見開いて、必死にうなずいた。
女子校のトイレで射精などして、バレたらどんなことになるのか。想像もしたくないことだったが、かといって今、この快感を止めてほしいとも思わなかった。
リオはそんな葛藤を見抜いているかのように、薄く笑い続けていたが、やがて不意に、ペニスをしごくのを止めて、その下にある睾丸を再び握りしめた。

「はっ!!」

突然の違和感に、ツバサは目を丸くした。
射精寸前で止められたペニスは、精液の排出を懇願するかのようにビクビクと震えている。

「フフフ…。金玉袋っていうの、コレ? さっきよりキュッと締まってる。なんで?」

リオの言うとおり、ツバサの金玉袋は中の睾丸の形がありありと浮かぶくらい、引き締まっていた。
その金玉袋を、先程よりもかなり強い力で、リオの右手が掴んでいた。

「あっ…! な…んで…?」

「ん? もしかして、イキたかった? ダメだよ、ツバサちゃん。トイレでイッたりなんかしちゃ。我慢、我慢」

「そ、そんな…。あっ!」

睾丸を握られながらも、ツバサは心底悲しそうな、悔しそうな目でリオを見つめた。その股間の肉棒は、今なお固く勃起したままで、容易に収まりそうな気配を見せない。
一旦性欲が高まってしまえば、後先のことを考えず、とにかく射精までこぎつけたい。それが男の本能であるとリオは思っていたし、ツバサも結局、そんな動物的な男の衝動に負けてしまうのだと理解した。

「ふーん。まあ、どうしてもって言うんなら、イカせてあげてもいいけど…。ツバサちゃんは、イキたいの?」

リオの中には、男はどう足掻いても性欲には勝てないものだという確信があり、それが証明されたような気がして、満足しているようだった。
しかしツバサはそんなリオの嘲りも知らず、ほとんど反射的にうなずいた。

「は、はい…! イキたいです!」

その返事を聞いて、リオの目が妖しく光った。

「そっかあ。じゃあ、こうやって、搾り出してあげる。ギューッ!」

「え…。ギャアッ!…ん…むぅ…!!」

リオの右手が、ツバサの睾丸を強く握りしめた。
ツバサが思わず叫びそうになるのを、リオは左手で口を塞いで止めた。 

「ぐ…んん…!!」

口をすぼめて、シーッと沈黙を促す。その悪戯っぽい笑顔に、ツバサは恐怖を覚えた。

「こうやってさ。タマとタマを擦り合わせれば、搾り出せるんじゃない? ゴリゴリゴリってね。この中に、精子が詰まってるんでしょ? ツバサちゃんの、大事な遺伝子がさ」

言葉通りに、リオの手はツバサの二つの睾丸を擦り合わせて、締め上げていた。
もちろん、そんなことで射精が促されるはずもない。
つい先程まで快感の絶頂にあったツバサの性器は、今度は一転して恐ろしい痛みと苦しみの信号を発し始めていた。

「あれえ? なかなか出てこないね。もっと強くしないとダメかな。それー!」

「んー!! ん…!!」

ツバサの口をふさぐリオの手に、ふと暖かいものがこぼれ落ちた。
見ると、ツバサの目には本人も気づかぬうちに大粒の涙が溜まり、それがリオの手に流れ落ちてしまったようだった。
手を離すと、水の中から上がったかのように、大きく口を開けて呼吸した。

「はっ! はあっはあっ…!」

細い眉を寄せ、大きな目に一杯の涙を溜めながら、股間から発せられるどうしようもない痛みに耐え続けている。
そんなツバサの表情を見て、リオの中でも何かスイッチが入ってしまったようだった。
突然、股間を握りしめていた手を離すと、その唇に噛みつくようにして、唇を重ね合わせた。

「んっ! リ、リオ…さん…!?」

リオは答えようともしなかった。
両手でツバサの顔を掴み、むさぼるようにしてツバサの唇に吸い付いてくる。
やがてリオの舌が絡みつくようにして口の中に入ってくると、ツバサは頭が真っ白になってしまうかのような快感を覚えた。

「…あ…ああ…!」

リオは自ら腰をツバサの股間に押し付けてきた。波打つようにくねらせると、下腹部に、ツバサの肉棒が再び膨張していることが伝わってきた。
睾丸を強く握られて縮んでしまっていたそれは、あっという間にまた絶頂を迎えようとしているようだった。
それを感じたとき、リオの目が妖しく笑った。

「それ!」

不意に唇を離すと、恍惚としたツバサの瞳を見つめながら、かつてないほどの力で、股間に膝を叩きつけた。

ゴスッ!

「!! あっ…!!」

カクン、と、一瞬で両ひざから力が抜けて、ツバサはふたを閉めた便器の上に座り込んだ。

「うあっ…!! ああ…!!」

睾丸から絶望的な痛みの信号が発せられ、そのすぐ真上にあるペニスからは、溜まりに溜まった精液が尿道をほとばしる快感が湧き上がってくる。
パンティー越しでもはっきりとわかるほど勢いよく、ツバサは射精してしまった。

「あーあ。イっちゃった」

「ハア…ハア…!」

圧倒的な快感が過ぎ去ると、次に待っているのは、重苦しい痛みだった。
内臓を押しつぶすような痛みに襲われながら、それでもツバサはその中にわずかに残る快感の余韻を噛みしめていた。

「パンティー、ビショビショになっちゃったじゃん。どうすんの、それ?」

「あ…はあ…」

ツバサのペニスはすでに元の大きさに戻っていたが、それを包む小さなパンティーは、大量の精液でぐっしょりと濡れてしまっていた。

「とりあえず、脱げば? すごい匂うから」

リオの言うとおり、トイレの狭い個室内には、ツバサの精液の匂いが充満していた。
このまま誰かがトイレに入ってくれば、その異常さに気づかれてしまうかもしれなかった。
ツバサは言われたとおり、精液でベトベトになったパンティーを脱ごうとしたが、腰に力が入らず、立ち上がることもできなかった。

「フフ…。しょうがないなあ」

便器の上から動くことのできないツバサのために、リオはしゃがみこんで、パンティーを脱がせてやった。

「うわー。なんか、ネバネバしてるー。気持ち悪いなあ、コレ」

思春期のツバサの精液は本人も驚くほどの濃度で、またその量も多かった。
リオは脱がせたパンティーを指でつまんで、個室のすみに置いてあった小さなゴミ箱に捨てた。
蓋つきのゴミ箱だから、とりあえず匂いは目立たなくなるだろう。
しかしこれで、自分の下半身を守るものは何もなくなってしまう。そんな不安に駆られながらも、ツバサはぼんやりと眺めることしかできなかった。

「ま、後で見つかるかもしれないけど、大丈夫でしょ。あ、まだついてるね」

まだうっすらとした陰毛しかまとっていないツバサの控えめなペニス。
女の子がふざけて言うような、ポークビッツと言って差し支えないようなその先端に、白い塊がこびりついていた。
リオはトイレットペーパーをちぎると、それを無造作に拭いてやろうとする。

「あ…! ちょ…!」

射精したてのペニスの先端は、きわめて敏感になっている。
くすぐったさと紙一重のその快感に、ツバサは腰をくねらせた。

「ちょっと。変な声出さないの。…とれないなあ。…ちょっと濡らしてみようか?」

リオは悪戯っぽく笑うと、まだ射精の火照りが残るその小さなペニスを、いきなり口に含んでしまった。

「あっ! はわぁっ!!」

初めて感じる快感が、ツバサの下半身をとろけさせた。
思わず声を上げると、リオが上目づかいでそれを制した。

「ん…んん…」

自分で自分の口をおさえないと、ツバサにはとても耐えられなかった。

リオは口の中で、アイスキャンディーのようにツバサのペニスを舐め上げる。
つい先ほど絶頂をむかえたばかりのペニスが、あっという間に堅さを取り戻していった。
それに合わせるかのように、リオはストローを吸うように口をすぼめて、口を上下に動かし始めた。
チュパッチュパッと、いやらしい音が、シンと静まり返ったトイレの中に響いていた。

「んん…! あの…もう…!」

ものの数十秒で、ツバサは再び絶頂をむかえようとしていた。
ペニスから精液を吸い取られそうな快感の中で、必死にリオの肩を掴む。
その顔を見て、リオはさらに上下運動を激しくした。

「あ…! は…!」

あと少しいうところで、リオは突然、口を開けた。

「んぱっ! またイクつもり? アタシはただ、キレイにしてあげてるだけなんだけど?」

「あ…は、はい…。ごめんなさい…」

今日、二度目の寸止めに、ツバサは半べそをかいてしまった。
もう、何が何だか分からなくなっていた。
大きな目に涙を溜めて謝るその顔を見て、リオは獣のように荒い息をし始めた。

「ねえ、アタシとエッチしたい?」

ツバサの襟を掴みながら、そう尋ねた。
リオの瞳に、何かが燃えるような情熱が感じられた。
突然、人が変わったかのようなその顔に、ツバサは言葉が出なかった。

「アタシの中に入れたいかって聞いてんの。中に入れて、イキたいんでしょ?」

ツバサは反射的に、首を縦に振った。
それを見て、リオは口をゆがめて笑った。

「そう。アタシもアンタのを入れたい。このちっちゃいチンポを咥えて、アンタをアタシのものにしたい! アンタはアタシのものでしょ? アタシの可愛いお人形さんでしょ?」

ツバサは無言で、何度もうなずいた。
すぐさま、リオの手が金玉に伸びた。
もう片方の手で、ツバサの口を塞ぐ。

「んー!!」

これまで以上の握力で、リオはツバサの睾丸を二つとも握り締めた。
ツバサは今度こそ本当に潰されるかと思い、かっと目を見開いた。
リオは低い声で、囁いた。

「今から五分以内に、校門まで来なさい。帰ったら、もっとタマを痛めつけて、もっと気持ちよくしてあげる」

ブルン、と名残惜しむように金玉袋から手を離すと、ツバサの体からガクっと力が抜けた。

「イヤなら来なくてもいいよ。アンタが決めて。五分過ぎたら、アタシは帰るから」

リオは立ち上がり、男の最大の苦しみに呻くツバサを見下ろし、ドアを開けて出ていった。
ツバサは今日だけで何度も痛めつけられ、何度も快感を味わわされた自分の最大の急所を両手で押さえながら、小さく肩を震わせていた。
やがて生まれたての小鹿のように、膝をガクガクと揺らしながら立ち上がろうとする。

「あっ…!」

睾丸から沸き上がる痛みによろめくと、まだ半勃ち状態のペニスの先端がワンピースの布地にこすれて、思わず声を上げそうになった。

苦しいのか気持ちいいのか、もはやツバサ自身にも、どちらか分からなくなってしまっていた。
ただ今は、立ち上がって、リオの待つ校門に向かわなければならない。
その後に何が待っているのか。ただ気持ちがいいだけのセックスができるとは到底思えなかったが、ツバサはすでに考えることを放棄していた。

下半身から広がり、全身の力を奪うような痛みに耐えながら、よろよろと歩いていると、不意に先ほどのリオの舌使いを思い出し、勃起しそうになるのをこらえる。
スカートの布一枚下で、女子校には似つかわしくない、無様な男性器がぶらぶらと揺れていた。
少し前かがみになりながら、手に持ったポーチで股間を隠しながらトイレを出て、一歩、また一歩と歩いていくと、ようやく校門のところに、リオの姿が見えた。

リオは壁に背を預けて、腕組みしながら、ツバサを見ている。
母親を求める歩き始めたばかりの赤ん坊のように、ツバサはたどたどしい足取りで、ようやくリオのもとにたどり着いた。

「ハァ…ハァ…」

疲れからか興奮からなのか、荒い息遣いで、答えを求めるようにリオを見上げる。
飼い犬がやっと戻ってきたと言わんばかりに、リオはニヤリと笑った。
スッと右手を伸ばすと、ツバサはその手を取ろうとするが、予想に反して、リオの手はツバサの短いスカートの中にもぐりこんだ。

パチン、とその中にある男の袋を、指先で軽くはじいた。

「あうっ!」

思わずツバサは、声を上げる。
ジーンとした痛みが、またしても下半身に広がっていく。

「おかえり」

リオは苦しそうなツバサの顔を見て、恍惚とした表情を浮かべていた。

「可愛がってあげるからね。ツバサちゃん」

リオはツバサの肩をぎゅっと抱きしめた。
二人の関係は、まだ始まったばかりだった。




終わり。



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