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男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


「いい天気だな、今日は」

「ああ。絶好のナンパ日和だぜ」

とある郊外の海水浴場。
都会から遊びに来ていたリョウとコウヘイは、堤防の上に立ち、白い砂浜を見下ろしていた。

「今年の目標は?」

「まあ、5人くらいッスかねー」

二人は同じ大学の先輩後輩で、毎年夏が来るとあちこちの海水浴場に繰り出して、ナンパをしまくるのが恒例だった。
良く焼けた黒い肌と金ピカのアクセサリー、ボサっとした茶髪がいかにも都会の若者という雰囲気で、この田舎の海水浴場には不釣り合いだった。
彼らはもう都会近辺の海水浴場には行きつくしてしまい、最近では少し足を伸ばして、こういった郊外の海水浴場で純朴そうな地元の女の子をひっかけるようになっていたのだった。

「じゃあ、俺は6人だな」

リョウはコウヘイの言葉を聞いて、強がってみせた。

「いいっスねー。じゃあ、行きますか」

二人はいよいよ浜辺に繰り出そうと、堤防の階段を降りようとした。
しかしそこには、水着姿の高校生くらいの女の子3人が、階段を塞ぐようにたむろしている。

「すいませーん。ちょっといいですかー?」

コウヘイはいかにも軽そうな言葉遣いで、少女達の間を通ろうとしたが、少女達は無言のまま、その場所をどこうとしなかった。

「ちょお、待って。ここは検問なんよ」

少女の中でひときわスタイルが良く、ビキニの水着を着た少女が、両手を広げて道を遮っていた。
少女の名はヒビキ。地元の高校生だった。

「はあ? 検問?」

「そう。ここでウチらがチェックしてるんよ。ウチらの海に入ってほしくない人たちをな」

ヒビキは明らかに二人に対して敵対的な態度だった。その横にいた二人の少女、シズカとカオリもまた、敵意むき出しの表情で男たちを睨みつけている。

「はあ? ちょ、待てよ。キミたちさあ、警察かなんかなわけ? 何の権利があって、そんなことしてんの?」

リョウはうすら笑いながら、少女たちに問いかける。
コウヘイもまた、ヘラヘラと笑っていた。

「ここは、ウチらの海やもん。よそから変なのが入ってくると、困るんよ」

可愛らしいワンピースの水着に身を包んだシズカが言った。
シズカは身長こそヒビキよりずっと低かったが、バストサイズはむしろヒビキ以上で、男ウケしそうなコケティッシュな女の子だった。

「最近、多いもんなあ。この辺でナンパしようとか思ってるヤツらが。そういうのがいると、ウチらが安心して遊べんから、怪しいヤツは砂浜に入れんようにしてるんよ」

競泳用のような水着を着たショートカットのカオリは、170センチはあろうかという長身で仁王立ちしていた。良く焼けた肌と広い肩幅、引き締まった体つきは、水泳部に所属していることを連想させた。

「いやいやいや。俺ら、そんなんじゃないからね。真面目に泳ぎに来ただけだから。入れてくれないかな?」

リョウはさすがに慣れた調子で弁解した。
こういった注意を受けるのは、実際、初めてではない。田舎の海水浴場には、こうしたうるさ方もたまにはいる。こんな少女達から注意されたのは初めてだったが、とにかくとぼけることが一番だと思っていた。

「そうそう。俺達、都会の海が騒々しくてさ。ちょっと離れたところまで泳ぎに来ただけなんだ」

ヒビキたちはそんなリョウたちの様子をジッと見て、何事か小声で相談した後、うなずきあった。

「ダメ。アンタら、この近くの海水浴場で噂になっとったからな。ちゃんと聞いてるよ。チャラい二人組が、ナンパばっかりして困りよるって」

ヒビキの言葉に、二人は心当たりがあった。
去年はこの隣町にある海水浴場に行って散々ナンパをしまくって、地元の若者とトラブルになりかけたのだ。

「ウチらの海では、そんなことはさせんよ。このまま帰ってもらうわ」

腕組みをして言い放つカオリの迫力に、リョウたちはちょっと気圧されたが、すぐに彼女達は年下なんだということを思い出し、再び笑いながら話しかけた。

「ま、待ってよ。それは人違いだよ。俺ら、去年はずっと湘南の方にいたもんな?」

「そうそう。この近くには来てないって。人違いだろ。だから、意地悪しないで入れてよ。キミたち、彼氏とかいるの? なんだったら、俺たちと一緒に遊ばない?」

言い訳しながらも、つい癖でナンパしてしまう。
その様子を見て、ヒビキ達はこの二人を絶対に海には入れないと決心してしまった。

「アホ。ちゃんと顔を見た人がおるんよ」

「バレバレなんよ、アンタら。」

「諦めなって。帰った方がええよ」

こうなるともう、開き直るしかなかった。トラブルはできるだけ避けたいが、ナンパをしていれば、こういうこともたまにはある。
相手は女の子三人なのだから、ちょっと怖がらせれば言うことを聞くだろうと思った。

「はいはい。もう分かったからさあ。ちょっと通してくれないかな。俺達も忙しいんだよね」

二人は、水着姿の高校生達に迫り、上から見下ろすような形で威圧した。

「キミたちさあ、高校生だよね? いい加減にしないと、お兄さん達も怒っちゃうよ?」

真っ黒に日焼けした体格の良い男二人に迫られても、ヒビキをはじめシズカとカオリは、動じる様子はなかった。

「ふうん。怒ったら、どうするん?」

挑戦的な態度に、リョウとコウヘイは顔を見合わせた。

「さあて。どうしよっかなー」

「まあ、痛いことはしないからさ。かえって、新しい楽しみに目覚めちゃうかもよ?」

いやらしそうに笑っている。
そんな二人を、ヒビキ達は冷たい目で見つめていた。

「そうか。残念やな。ウチらはアンタらのこと、痛くしてやるわ」

ヒビキはそう言うと、不意に右足をあげて、目の前に立っていたリョウの股間に膝を打ち込んだ。

「うっ!」

不意のことで、一瞬、何が起こったのか分からなかったが、すぐに下腹部から重苦しい感覚がこみ上げて来て、自分の急所が攻撃されたものだと悟った。

「くくく…」

しかし考えるよりも先に、リョウの体は反射的に股間を両手で押さえて、膝から崩れ落ちてしまった。
その情けない姿を、膝蹴りをくわえた当のヒビキは、冷たい目で見下ろしていた。

「え? なに?」

コウヘイの方こそ、何が起こったのか分からなかった。
ただ傍らで崩れ落ちた先輩に驚いて、目を白黒させている。

「はっ!」

すると不意に、シズカの小さな体が目の前でくるりと回転して、背を向けた。オレンジのワンピースに包まれた小さなお尻が目に入ったかと思うと、次の瞬間、コウヘイの股間にも衝撃が走った。

「くえっ!」

思わず、口から舌を飛びださせて鳴いた。
シズカは左足を中心に180度回転して、その勢いで右足の踵でコウヘイの股間を跳ね上げたのだ。
狙いどころは反則とはいえ、とても素人とは思えない、武道経験者の蹴り技だった。

「くぅぅ…!」

一瞬、両脚の踵が浮くほどの衝撃を受けたコウヘイは、踵が地面に着くと同時に、うつ伏せにべちゃりと倒れ込んだ。

「うあぁぁ!」

「ぐぅぅ!」

焼けたアスファルトの熱さも忘れさせるほどの激痛が、リョウとコウヘイの股間を襲っていた。
二人は金玉を両手で包むようにおさえて内股になり、最初はゴロゴロとアスファルトの上を転がっていたが、やがてそれもやめて、脂汗を背中いっぱいに溜めて無様に尻を上げながら痙攣していた。
ヒビキ達三人は、男たちが苦しむ様子を当然のような顔で見下ろして、やがてクスクスと笑いだした。

「痛いやろ? ウチらのキン蹴りくらったら、3日は痛むからな」

「キンタマぶら下げとる癖に、女に逆らうからそうなるんよ」

強烈な金的蹴りを見舞ったヒビキとシズカは、勝ち誇るように言った。
しかしその横から、カオリが不機嫌そうな様子で口をはさんだ。

「あのなあ、アンタら。またウチが蹴れんかったやん。ウチも蹴りたかったんやけど」

「あ。そうやったなあ。でもほら、二人しかおらんかったから。仕方ないわ」

「アホ。次はウチの番やって言ってたやろ。それを、なんでいきなりアンタが蹴るん? シズカもや。思いっきり蹴りよって。一発ダウンやない」

「あ、いや、ゴメンて。つい…」

憤るカオリに、ヒビキとシズカは申し訳なさそうに頭を下げた。
その間も、金玉を蹴られた男たちは奥歯を噛みしめながら、絶望的な痛みに喘いでいる。

「アンタらもなあ! 一発でへこむなよ! 男やったら、キン蹴りの一発二発、耐えろって!」

カオリの言葉に、もちろんリョウとコウヘイは反応することすらできない。

「いや、男やから一発なんやろ…」

ヒビキがつぶやいたが、カオリがキッと睨むと、あわてて知らんぷりをした。

「もう、我慢できん! ウチにも蹴らしてもらうからな。ヒビキ、シズカ! コイツら起こして!」

カオリの叫びに、男たちはうつむきながら背筋を凍らせた。

「えー。めんどくさーい。もう、ええやん」

「うるさい! やるったらやるんや! 早くして!」

「はいはい」

ヒビキとシズカはしぶりながら、うずくまっているリョウの両脇を掴んで、無理矢理引き起こした。
リョウは抵抗したかったが、まだ体に力が入らず、二人の女の子のなすがまま、ひざ立ちの状態になってしまった。

「よおし! いくよー!」

カオリは待ちかねたように、右足を鋭く蹴りだして素振りをする。
その蹴りの迫力に、リョウは青ざめた顔で助けを求めた。

「ちょ…。待ってくれよ! もうやめてくれって」

「ムリムリ。コイツ、言いだしたら聞かんから」

「キンタマ潰れんように、祈ってあげるな」

両脇を支えるヒビキとシズカは、いかにも他人事のようにしているが、その手だけはしっかりとリョウの体を支えていた。

「いや…。やめてくれ…」

リョウは必死に首を振るが、カオリは意にも介さなかった。

「いくよ! はいっ!」

鋭く振りぬかれたカオリの右足は、まるでサッカーボールを蹴るかのように、リョウの金玉をジャストミートした。

「あぷっ!」

リョウの呼吸はその瞬間、止まり、その目はグルリと白目をむいた。

「おー、いい蹴りやなあ」

「さすがあ。すごいすごい」

ヒビキ達が手を離すと、リョウの体はそのまま横倒しに倒れた。
リョウは一言も発しなかったが、口から泡を吹いて、打ち上げられた魚のように全身を痙攣させていた。

「うん。こんなもんやな。気絶した?」

「うん。なんか、丸くなってるな。面白いなあ」

「こないだも、このくらいやったっけ?」

女の子たちはその様子を、こともなげに見下ろしていた。
リョウの金玉にどれだけの痛みが走ったのか、彼女たちには絶対に想像がつかないし、また考えるつもりもなかった。
ただ、金玉を蹴られた男は必ず必死の形相で悶え苦しみ、ときには気絶することもあるということしか、彼女たちの知識にはなかったのだ。

「でもなあ。毎回思うんやけど、キンタマって不便やなあ。ただ痛いだけやんか。なんで男にはこんなん付いてるんやろ」

「アホ。キンタマがなかったら、チンポも勃たんのよ。エッチができんようになるわ」

「でも、それなら大事に体の中にしまっとけばええのに。何でわざわざ蹴り易いとこに付いてるんやろ?」

「それもそうやなあ。でも、ウチとこの犬はキンタマ取ってしまったけど、チンチンは大きくなるよ。本当はキンタマいらんのじゃないの?」

少女たちがあどけなくも恐ろしい会話をしているのを、コウヘイはうつむきながら聞いていた。横目に、先輩のリョウの無残な姿が映っている。
できればこの場からすぐにでも逃げ出したかったが、シズカに蹴られた金玉の痛みは深刻で、まだまったく体に力が入らない状態だった。

「まあ男のキンタマは、蹴られるためにあるってことやないの?」

「そうやなあ。男が悪させんようにな。でも、キンタマが付いてるから、ナンパとかするんやろうなあ」

「あ、そんならこうしよ。この海水浴場の入場料は、女は無料、男はキンタマ二つって」

「ええな、それ」

「でも、それやったら男は一生に一回しかここに来れんよ」

「ああ、そっか。そんなら、キンタマ一つにするか。よし。アンタ、立って」

コウヘイもまた、ヒビキとシズカに引き起こされた。

「よおし。キンタマもらうよー!」

カオリは再び、鋭い素振りをする。
コウヘイは三人の会話を聞いて、必死の思いで謝った。

「すいません。すいませんでした! もういいですから。もう海に入りませんから。勘弁して下さい!」

泣きじゃくりながら謝るコウヘイの姿に、三人は思わず笑い出してしまった。
大の男が高校生の女の子たちに必死に頼み込む姿は、確かに滑稽なものだった。

「そんな、遠慮せんでいいよ。入場料さえもらえれば、入れてあげるって」

「そうそう。キンタマさえもらえれば、いくらでも入っていいんよ」

「そんな…。すいません。許して下さい。お願いします!」

コウヘイの言葉を遮るように、カオリの蹴りが飛んできた。

「キンタマ一つ、いただきまーす!」

バシィン! という乾いた音と共に、コウヘイの意識は空の彼方に飛んで行った。
カオリの右足はコウヘイの股間に深々とめり込み、その睾丸を破壊した。
コウヘイの体は一瞬の硬直の後に一気に力が抜けて、彼もまた、先輩のリョウと同じように、白目をむいてアスファルトに倒れこんでしまった。

「おー。潰れた?」

ヒビキがコウヘイの様子を見ながら、言った。

「いや、どうやろ。わからん」

「触ってみようか。…うわっ!」

シズカがコウヘイの股間に手を伸ばそうとした瞬間、水着の股間のあたりが、じわりと濡れ始めた。

「あ、漏らしよった、コイツ!」

どうやらコウヘイは睾丸を蹴られたショックで、失禁してしまっていた。
横倒しに倒れた彼の股間から広がった染みは、水着をつたって焼けたアスファルトにも黒く広がっていく。

「あかーん。ばっちいなあ」

「もう、行こ行こ」

「でも、潰れたかどうかは…」

コウヘイの金玉の状態を確かめたいカオリを引っ張るようにして、ヒビキとシズカはその場を去っていった。
気絶したリョウとコウヘイが病院に運ばれるのは、それから数時間後のことだった。


終わり。

 

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中島カナは、大学の教育学部に通う女子大生だった。幼少のころからクラシックバレエを習っていて、一時はプロを目指していたものの、現在は趣味として続けている。
これは、そんな彼女が大学3年の時に起こった出来事だった。




マンションのドアに鍵を差し込もうとした直前、カナは何か形容のし難い不安を覚えた。それは悪寒といってもいいようなもので、なんとなく、背筋に寒気が走るような感じがしたのだ。

「……」

ここは恋人のマサトが住むマンションで、彼らはすでに付き合って2年。1年ほど前から、半同棲のような形で暮らしていた。
今日はマサトは大学の授業もなく、バイトも休みで、朝から家にいるはずだった。
一抹の不安を感じながらも、カナは預かっている合鍵を差し込むと、できるだけゆっくりと、音がしないように回した。

「……!」

わずかに唾を飲み込む音さえも気にしながら、ゆっくりとドアを開けると、そこには見慣れたマサトの靴と、自分のものではない水色のハイヒールが転がっていた。
それを見た瞬間、カナは事態をのみこんで、さらに細心の注意を払って玄関の中に入り、ドアを閉めた。
部屋の間取りは1Kで、玄関を入り廊下の突き当たりにあるドアを開けると、10畳ほどのリビングがあるはずだった。
忍び足で廊下を歩き、ドアノブに手をかけた瞬間、カナは信じがたい声を耳にした。

「あ…! ああ…!」

それは明らかに、女の喘ぎ声だった。
状況は、自分が想像していたよりもずっと悪い。そう確信したカナは、リビングのドアにかけた手を一瞬止めた。

「ああ…! 気持ちいい…!」

ドアの向こうから、喘ぎ声は遠慮なく漏れてくる。
安物のパイプベッドがギシギシと軋む音も聞こえる。それは、いつもカナがマサトと二人で寝ているベッドだった。
意を決して、カナはリビングのドアを開けた。
その瞬間、女の喘ぎ声はぴたりと止み、沈黙の中、キイィ、とやけに大きな音を立てて、ドアは全開した。

「…あ…カナ…」

マサトは女に覆いかぶさり、抱きついている最中だった。二人はもちろん全裸で、その体勢のままリビングの入り口に立ち尽くしているカナを見ていた。

「なによ!!」

カナの口から、叫びともつかぬ怒声が飛びだした。
床に脱ぎ散らかされていた服を手に取ると、それを思い切りマサトに投げつけた。

「…! い、いや、これは…ちが…」

顔面に投げつけられたTシャツを払い、何事か弁明しようとするマサト。
その横っ面に、カナの強烈なビンタがとんだ。
パチィン! 
と、気持ちがいいくらいの音を立てて、マサトの顔は90度横を向く。
問答無用という、カナの意思表示だった。
そのあまりの剣幕に、ベッドに横になっていた女は慌てて服を拾うと、小走りにリビングを出て行ってしまった。

「よくも…! この、バカ!!」

人間、本当に感情が昂ぶったときには、気の利いた悪口など言えなくなるものらしい。カナの口を突いて出たのは、子供のように単純な罵声だった。

「バカ! バカ野郎!!」

それしか言えなかった。
一方のマサトも、冷静さを失っていた。

「…お前…ふざけんなよ…!?」

もともと、多少攻撃的なところはある男だったが、追い詰められた状況で、逆切れに近い思考状態に陥ってしまったようだった。
自分のやったことを棚に上げて、ビンタをしたカナが許せない、ということなのだろう。裸のまま立ち上がると、カナの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。

「……!」

カナはほとんど反射的に一歩下がり、マサトとの距離を取った。
しかしその反応が、さらに相手の怒りを誘う。

「こないで!」

マサトがなおも近づいてこようとするので、カナは右脚を上げた。
クラシックバレエで鍛えられた彼女の体の驚くほど柔軟で、軽く振り上げただけでも、長身のマサトの胸に届くほどだった。

「うっ!」

カナの足の裏が、ちょうどマサトの鳩尾のあたりを直撃した。
向かっていった自分自身の勢いがそのまま、衝撃となって返ってくる。マサトの動きが、一瞬完全に止まった。

「……」

そのとき、カナは改めてあることに気がついた。
当然といえば当然なのだが、マサトの下半身にあるそれは、まさに真っ最中という様子で、いまだに天に向かって反り立っているのだ。
2年間、マサトと付き合ってきたカナにとっては、それはある意味で見慣れたものだったが、だからこそ彼女にとっては許せなかった。
自分以外の女に対して、そんな風になっているこの男を、徹底的に叩きのめしてやろう。その場で、そう決断した。

「なによ、みっともない。言い訳するなら、パンツくらい履いてからにすれば?」

心を決めたカナは、別人のように饒舌になった。
目の前にいる男に復讐し、制裁を加える。それはカナにとって初めての経験だったが、意外なほどすんなりとその感情を受け入れられた。

「くっ…」

鳩尾をおさえたまま、マサトは突っ立っていたが、やがてカナの言葉通り、床に散乱した服の中から、自分の下着を探そうとした。
その瞬間。
ペチン!
と、股間に衝撃を感じた。

「うっ!?」

カナの右足の甲が、マサトの金玉を蹴り上げたのである。
マサトの方から見れば、とても蹴りが届く間合いに思えなかったが、カナの体は柔軟性からすれば、ギリギリ射程距離だった。
その場から一歩も動くことなく脚を伸ばして、マサトの股間を蹴り上げたのだった。

「あ…く…そ…!」

マサトは思わず内股になって、両手で股間をおさえた。
ジーンとした痛みが、徐々に下腹部に広がっていく。

「バカみたいに大きくしちゃって。蹴ってくれって言ってるようなもんね」

確かにマサトのペニスは大きくそそり立っていたので、その下にある金玉袋をたやすく狙うことができた。
しかしそれにしては、ダメージは少ない。無理な体勢ではあったが、カナが手加減して蹴ったことは明らかだった。

「痛いでしょ? 前に話さなかったっけ? アタシ、キン蹴りが得意なの。浮気したらアンタも蹴っ飛ばすって、言ったよね」

カナは一歩近づくと、これ見よがしに、右脚を上げてみせた。
黒いニーハイソックスに包まれたその脚は、しなやかで、美しかった。
彼女はその気になれば、その場から一歩も動かずに、足先を頭の上まで上げることも可能なのだ。

「うるせえ! こんなもん、痛くねえよ!」

言葉とは裏腹に、マサトはその場から動けなかった。
座り込んでしまう程のダメージではないにしろ、足を一歩でも動かせば、下半身に痛みが走る。その程度に加減された蹴りだった。
少なくともカナはその言葉通り、金的蹴りの経験を十分持っているようだった。

「あっそう!」

突然、カナの右脚が翻り、鞭のようにしなって、マサトの顔面を襲った。
またしても横を向いたマサトの顔を、今度は逆の方向から、カナの蹴りが襲う。
次はその逆。

「うっ! あっ!」

カンフー映画で見るような、脚による往復ビンタだった。
一発一発にそれほどの威力はないが、何回もくらえば、心理的にもダメージは大きくなる。
ミニスカートの裾をまくって、軸足を少しも動かさずにこれを行うカナの身体能力に、マサトは改めて驚愕していた。

「ほらほら! キン蹴りだけじゃないのよ。えい!」

「くっ! この…!」

目の前でひらひらと動くカナの脚を捕まえようとしても無理なので、マサトは顔面をガードしようと、両手を上げた。
しかしそれこそが、カナの狙いなのである。
カナの右脚は素早く下がり、今度はマサトの脛のあたりを攻撃した。
もちろん、格闘家のローキックのような威力はないが、顔面かと思ったところ
へ意表を突いた蹴りだったので、マサトは体勢を崩してしまう。
目の前で大きく開かれた股間を、カナが見逃すはずはなかった。

「やっ!」

大きく一歩踏み込むと、白い太ももを股間めがけて打ち上げた。
グニャリとした玉袋の感触が、脚に残った。

「はうっ! ううぅ…!」

まだダメージが回復していないところへの蹴りで、マサトは先程以上の苦しみに顔をゆがめた。
しかしまだ、ダウンしてしまう程ではない。
怒りでアドレナリンが出ているということもあるが、それも含めて、カナはまた手加減していたのだ。

「く…ちっくしょう…!」

マサトは再び、股間を両手でおさえて、内股になる。
彼の動きを止めることが、カナの狙いだった。

「痛いの? さっき蹴られたばっかりなのにね。しっかり守らないからよ。バーカ!」

カナの言葉に怒りを覚えながらも、下半身をハンマーで叩かれ続けるような重苦しい痛みに、マサトは股間のガードを解いたことを後悔していた。
しかし、カナの復讐はまだ終わらない。
その気になれば、渾身の一撃でマサトを悶絶させることは可能だったが、じわじわと苦しめて、自分を裏切ったことを後悔させてやるつもりだったのだ。

「男って、かわいそうだね。軽く蹴っただけで、そんなに痛いんだ? でも、前から言おうと思ってたけど、アンタのそこ、小っちゃいんだよね。ちょっと蹴りにくいな」

「な…!」

「さっきのコにも、そう言われなかった? 体のわりに、小っちゃいんだねとか」

マサトの浮気相手の女は、どうやら裸のままトイレに逃げ込んだようだった。
ドアを閉めて、鍵をかける音がカナの耳にも届いていたが、彼女のことはひとまず置いておくつもりだった。

「アンタはさ、自分ではエッチがうまいつもりでいるかもしれないけど、アタシも半分くらい演技してたんだからね。たぶん、あのコだってそうだよ。勘違いしない方がいいよ」

こういうことを自分の彼女から聞けば、男としての自信とプライドが何よりも傷つくものだ。カナはもちろんそれをよく分かっていたし、ベッドの上でのマサトのやや傲慢な振る舞いを知っていたからこそ、言えることだった。

「てめえ…!」

歯を食いしばって、金玉の痛みに耐えているマサトだったが、さすがにこの言葉には怒りを燃やさざるを得なかった。
しかしそんな彼の顔を、再びカナのビンタが襲った。
パチィン!
と、すでに赤い紅葉模様がついていたマサトの頬を、カナの右手が張る。

「なによ?」

パチィン!
と、今度は左手で逆を張る。

「動けないくせに、偉そうにしないでよ!」

ここまで挑発されても、カナの言葉通り、マサトはその場から動けなかった。
ビンタを防ごうと手をあげれば、また股間を攻撃される恐れがある。
背中を丸めて逃げようとしても、カナは執拗に回り込んできた。

「この浮気男! 変態!」

罵声を浴びせながら、カナはマサトの顔や頭を叩き続けた。
やがて顔が真っ赤に腫れ上がり始めたころ、さすがに限界だと思ったのか、マサトの腕が顔面を守ろうとして股間を離れた。
そのまま頭を下げ、亀のように丸くなって、身を守ろうとする。

「バカ!」

しかしそれすらも、カナの計算のうちだった。
カナは素早くマサトの後ろに回り込むと、その背中を思い切り蹴とばした。

「うわっ!」

たまらず、マサトの体は前のめりに崩れ、両手を床に付き、四つん這いの状態になった。
この瞬間こそが、カナの最終目標だったのだ。
無様に四つん這いになったマサトの尻の間には、無防備な金玉袋がぶら下がっている。
金玉は後ろから蹴るのが最も痛いということを、カナはよく知っていたのだ。

「死ねー!!」

思わず、そんなことを叫びながら、カナの右脚は振りぬかれた。
パーン!
と、脛が尻肉に当たる音がしたが、カナの狙いはもちろんその下だ。
バレリーナ特有のしなやかな足づかいは、遠心力でその足首から下を鞭のようにたわませ、最大限のスピードでマサトの睾丸を打ち抜くことに成功した。

「はぐっ!!」

最初のビンタからこの瞬間まで、完全にカナの掌で踊らされていたことを、マサトは文字通り痛感した。
彼女の最初の金的蹴りは、大した痛みではなかった。まともに股間を蹴られたことのないマサトは、そこで完全に油断したのだ。女の金的蹴りくらい、自分は耐えられると。
そうしてくらった二回目の蹴りで、彼の体の自由は完全に奪われてしまった。そこからは、カナの一方的なリンチである。

「あ…ああぁ…!!」

四つん這いになった膝をガクガクと震わせ、そのまま横倒しに倒れてしまった。
両手は股間に伸びてはいたが、それは睾丸を守るというより、股間に挟まっているといった方がいいような状態だった。

「ハア…ハア…」

絶叫と共に足を振りぬいたカナは、肩で息をしていた。
その足先に感じた感触からすると、彼女の狙い通り、マサトに死ぬほどの苦しみを与えることに成功したようだった。
気絶させることなく、できるだけ長い時間、急所を攻撃される苦しみと痛みを味わわせてやりたかったのだ。

「この…バカ! もう…顔も見たくない!」

再び興奮しきった様子のカナは、吐き捨てるようにそう言った。
そして、部屋の中にあった自分の荷物の中で、めぼしいものをかき集めると、それをバッグに押し込んで、部屋を出て行った。
残されたマサトは、いつ終わるともしれない地獄の苦しみに、体を震わせることしかできなかった。



終わり。




ここはアメリカ。とある地方都市。
犯罪率が高いことで有名なこの街では、賢明な市民は、夜中に出歩くことはなかった。

バチィッ!

静まりかえった小さな公園の片隅で、突然、稲妻のような光が瞬いた。

バチッ! バチッバチッ!

光は徐々に大きくなり、白い球体となって、あたりを照らし始めた。
するとその中から、人間の肌のようなものが浮かび上がり、ゆっくりと人の姿を形作っていった。
やがて光が弱くなっていくと、そこには裸の若い女性が、白い背中を丸めて、うずくまっていた。
女性の肌は、夜露を浴びたように少し湿っており、長い金色の髪が肌に張り付いている。
ゆっくりと立ち上がると、濡れた髪をかき分けて、あたりを見回す。
まさしく一糸もまとわぬ全裸であったが、その肢体には贅肉など余分なものが一切なく、古代のギリシャ彫刻のように均整のとれた体つきだった。

「Y2よりマザーシップへ。目標の地点に到着。マザーシップ、聞こえるか?」

女性はその外見通りの美しい声で、しかし極めて機械的な調子で、つぶやいた。

<了解、Y2。こちらマザーシップ。通信は良好のようだ。この通信は、キミの聴覚器官に直接響かせているので、周りには聞こえない。現地の様子はどうだ?>

Y2と呼ばれた女性は、再びあたりを見回した。

「問題ない。事前の情報通りのようだ。これから、ω2との合流地点に向かう。合流予定時間は、こちらの時間で明日の午前7時だったな」

<了解、Y2。繰り返すが、キミの任務はその星での現地人の調査だ。今回、キミに与えられた肉体は、現地人の生殖適齢期のメスのものだ。その体を有効に使って、前任者ができなかった調査をしてもらいたい>

「ふむ…」

Y2は、改めて自分の体を眺めてみた。
ホクロひとつない白い肌、大きく膨らんだ胸、引き締まった腰回りと長く伸びた両脚。
どこかのミス・コンテストに応募すれば、間違いなく最終選考まで残りそうな完璧な肉体だったが、逆に言えば、どこか作り物のような印象も受けた。

「この星の地球人には、オスとメスがいるんだったな。見分ける方法はあるのか?」

<Y2、少し待て。……外見上の違いは、生殖の時に用いる生殖器が分かりやすいようだ。キミの体はメスだから何もないが、オスの場合、両脚の間に生殖器がぶら下がっている>

「両脚の間に? 地球人は、二足歩行をするんじゃないのか? オスは足を広げて歩いているのか?」

<ん? いや…そうでもないらしいが…。しかし、地球人は通常、肌を露出させないように、服というものを着て生活をしているようだ。生殖器は、生殖をおこなう時にしか露出させないらしい>

「服か。報告で読んだ。私も、服を着た方がいいのか?」

<可能ならば服を着た方が、任務を円滑に進めることができるだろう。どこかで服を調達しろ、Y2>

「了解、マザーシップ」

うなずくと、Y2は裸足のまま歩き出した。
身長は、180センチ近くあるように見える。大柄な彼女が、まるで機械のような正確さで大きく腕を振り歩き出すと、これまた大きな胸が、波打つように揺れた。

「マザーシップ」

<こちらマザーシップ。どうした?>

「この、胸の部分についている脂肪の塊は、必要なのか? 体のバランスがとりづらいのだが…」

両手でおさえるようにしても、掌におさまりきるものではない。

<Y2、それは地球人のメスにとって、重要な臓器の一つだ。その塊が大きいほど、オスが惹きつけられやすいという情報がある。今回のキミの任務の助けになるだろうから、我慢してほしい>

「そうか…」

Y2は不満げにつぶやいたが、歩き続けることにした。
公園を出て、石畳の路地に入ろうとしたとき、前方に人影が見えた。
何台も路上駐車された車の中の一つに、二人の黒人の男が張り付くようにして立っている。
男のうち一人の手には、バールのようなものが握られていて、どうやらそれを使って、車のドアをこじ開けようとしているらしかった。

「早くしろよ! おまわりが来るだろ!」

「ちょっと待てって…! ここにこう、差し込んで…。よし、開いたぞ!」

バキッっと何かを破壊する音がして、車のドアが開いた。
男たちは早速、車のダッシュボードや座席の上に手を伸ばし始めたが、その目の前を、全裸の若い女性が通り過ぎようとしているのに気がつくと、思わず手を止めてしまった。

「…おいおい相棒、ここはどこだ? いつからヌーディストビーチになっちまったんだ?」

「マジかよ。信じらんねえ。白人の女が、オッパイ揺らしながら歩いてるぜ。下の毛まで見える。ホンモノの金髪だぜ」

男たちは、明らかに昨日今日、犯罪に手を染めたという人柄ではなかった。
強いて言えば、すでに2,3回は塀の中と外を往復しているような、それくらい筋金入りのギャングのようだった。
当然のこととして、彼らは車上あらしを一旦中止して、目の前にいる極上の獲物を捕まえることにした。

「よお、ねえちゃん。どこに行くんだい?」

アフロヘアーの黒人の男が前に立ちはだかると、Y2はそこで初めて足を止めた。

「送ってくぜ。俺たち、たった今、車を買ったんだ。乗ってきなよ」

バールを持った男は、顔の半分がひげに覆われていて、身長は190センチはあろうかという大男だった。
ニヤニヤと笑いながら、なめまわすように体を見つめる男たちを前にして、Y2は無表情だった。

「こちらY2。マザーシップ、聞こえるか?」

<こちら、マザーシップ。Y2、トラブルのようだ。視覚情報を共有する。……なるほど。彼らは地球人のようだな。話すことができるか?>

「現地の言葉は理解している。やってみよう。できれば、この地球人たちから服を調達したい」

小声で、独り言をいっているかのようなY2を見て、男たちは笑った。

「ねえちゃん、何言ってんだ? なんかいいクスリをやってんのかよ? 俺たちにも、分けてくんねえかな?」

「お前たち、私に服を渡せ」

無表情に言い放ったその姿に、男たちは一瞬、きょとんとして、顔を見合わせた。
そしてその直後、弾けるように笑った。

「クッ…ハハハハ! なに言ってんだ、お前? 服をよこせって? ハハハハ!」

「よこせってよ、脱いでんのはお前じゃないのかよ、アハハハハ!」

男たちが腹を抱えるようにして笑っても、Y2は無表情なままだった。

<こちらマザーシップ。Y2、笑うということは、地球では友好的な意味を持つようだ。いい反応といえるかもしれない>

「なるほど。もう一度交渉してみよう。お前たち、私に服を渡せ」

再び男たちに言うと、突然、アフロヘアーの男がY2に近づいて、その胸を掴んだ。

「おおー! すげえ胸してんなあ。服なんか着ない方がいいぜ、ねえちゃん」

男は両手で胸を掴み、容赦なく揉みしだいている。
しかしY2は何も感じないらしく、男が下品な笑いを浮かべながら自分の胸を揉むのを、しばらく眺めていた。

「マザーシップ。これは、どういう行為だ。地球人にとって、友好的なものなのか?」

<こちらマザーシップ。……いや、Y2。その行為は、友好的ではない。それは生殖時の求愛行動に近いな。突発的な求愛行動は、地球人のメスの最も嫌うことの一つだ>

「そうか。では、やめさせよう」

そうつぶやくと、Y2は男の両手を掴んだ。
女性とは思えない強烈な握力が、男の手を捻り上げる。

「う…おおっ!」

Y2はそのまま、男の体を突き飛ばした。
その力も女性とは思えない、人間離れしたもので、アフロヘアーの男の体は一瞬宙に浮き、そのまま尻もちをついてしまう。

「てめえっ!」

バールを持った男は、仲間がやられたのを見て、かっとなった。
さきほど、車のドアをこじ開けたバールを振り上げて、Y2めがけて振り下ろそうとする。
しかしY2は、素早く手を伸ばすと、バールを持つ男の手首を掴んで、動きを止めた。

「マザーシップ、地球人に攻撃を受けている」

<そのようだな。Y2、その地球人は、キミの調査対象ではない。排除してもかまわない>

「そうか。速やかに排除する訓練をしたい。地球人を行動不能にするために、もっとも有効な部位はどこだ?」

<少し待て、Y2。……その地球人は、オスだな?>

「分からない。生殖器が見えない」

Y2は、男の股間を覗き込んだ。
その顔面に、男が逆の手でパンチを打ちこもうとしたが、あっさりと止められてしまった。
両手を掴まれて、男は棒立ちになってしまう。

<顔面に発毛するのは、大部分のオスの特徴だ。オスならば、かなり有効な攻撃箇所がある。さっき説明した、生殖器だ。オスの生殖器に、下から打撃を与えてみろ。そうだな、その状態なら、膝で蹴るのがいい>

「了解した」

Y2はうなずくと、膝を曲げ、男の股間に思い切りめり込ませた。
長身の男が宙に浮くほどの衝撃で、グニッとした感触が、Y2の白い膝に伝わる。

「ぐえっ!!」

男は一瞬、カエルが潰れたような声を上げて、目を大きく見開いた。

「これでいいのか、マザーシップ?」

両手を掴まれたまま、男はブルブルと震えだした。

<そうだな。念のため、もう一回蹴ってみろ>

「了解」

と、Y2は再び膝を股間へ跳ね上げた。

「あがっ!!」

男の口から白いものが飛び散り、バールが地面に落ちる、高い音がした。
すっかり力の抜けた男の両手を離してやると、大きな体が、糸の切れた人形のように石畳の上に倒れた。

「マザーシップ、こちらY2。成功したようだ。地球人は、生殖器が弱点なのか?」

<Y2、よくやった。生殖器が弱点なのは、地球人のオスだけだ。オスの生殖器は体の外部に飛び出していて、そこには痛覚神経が集中しているので、わずかな衝撃でも有効なようだ>

「そういうことか」

Y2は納得した様にうなずいて、倒れて動かなくなってしまった男を見下ろした。

「意識がないようだ。かなりの痛みを感じたらしい。しかしなぜ、この地球人のオスは、そんな危険な臓器を薄い布で覆うだけにしておいたんだ? 合理的ではないな」

<こちらマザーシップ。Y2、過去のデータと比べてみると、その地球人は、知能の低い種類に属しているようだ>

「そうか」

Y2がやり取りをしている間に、アフロヘアーの男が立ち上がっていた。

「て、てめえ! 何なんだ、てめえはっ!」

凶器を持った大男の相棒が、全裸の女性に一瞬で気絶させられたのを見て、アフロの男は動揺しているようだった。
Y2は無表情なまま、ゆっくりと男を振り返った。

「マザーシップ、私の身分を明かしてもかまわないか?」

<Y2、現時点で情報をかく乱する必要はない。大多数の地球人は、我々について知識をもたないはずだが、試してみるといい>

「了解した。地球人よ、私はY2。お前たちの言葉でいう、ウォルフ359という恒星系からやってきた者だ。地球の調査をするために、ここに来ている」

「……あぁ?」

動揺していたアフロの男は、狐につままれたような感覚で、混乱してしまったようだった。
ハリウッドスターと比べても、何ら遜色のないような金髪の美女が、全裸で目の前に現れ、自分は宇宙人だと告白している。
一体、どう対処していいのか、彼ならずとも、よく分からない状況だった。

「それで…つまり、お前は…」

「地球人よ、お前に協力は求めていない。しかし、私は今から、お前の仲間の服をもらう。邪魔をするな。邪魔をすれば、お前の生殖器にも攻撃を加えるぞ」

「は…はあ…?」

アフロの男は、ますます混乱した。
生殖器、などという言葉を、彼は生まれてこの方、使ったことがなかった。
男が自分の言葉を理解していないことが、Y2にもかろうじて伝わったようだった。

「こちらY2。マザーシップ、この地球人も、知能が低いようだ。会話にならない」

<Y2、キミには一般的な言葉のボキャブラリーが欠けているようだ。少し待て。……よし、こう言ってみろ…>

「…了解した。ねえ、アンタ!」

マザーシップから通信を受けたY2は、急にやさぐれた女のような声を出して見せた。

「アタシは今から、このタマ無しの服をいただくんだからね。キンタマ潰されたくなかったら、引っ込んでな!」

それはスラングをふんだんに使った、完璧な脅し文句だった。
およそY2のような金髪の美女から出るとは思えない言葉だったが、アフロの男は、ようやく自分の国の言葉でも聞いたかのように、理解ができた。

「な、なんだと、てめえ!」

激高した男は、尻ポケットから細いナイフを取り出して、それをY2に向けながら近づいてきた。

「マザーシップ、地球人が武器を取り出したぞ。状況は悪化したようだ」

<Y2、予想外だ。肉体が損傷すると面倒だ。速やかに排除しろ>

「了解した」

Y2がうなずくのと、男がナイフを振りかぶるのが、ほとんど同時だった。

「死ねっ!」

首筋を狙ったナイフは、しかしむなしく空を切り、素早く身をかわしていたY2に、男は腕を取られてしまった。

「う…おぉっ!」

先程と同じように、あるいはそれ以上の力で、Y2は男の腕を捻り上げた。
たまらず、男がナイフを落とすと、Y2はそのまま男の体を、腕一本で持ち上げてしまった。

「うおっ! おおっ…!」

男はつま先が宙に浮くと、慌てて両足をジタバタと動かした。

<いいぞ、Y2。そのまま、そのオスの生殖器を手で掴んでみろ>

「こうか?」

Y2はもう片方の手を、男の股間に伸ばした。
そしてそこにある膨らみを掴むと、ためらいもなく握りしめたのだった。

「ぎゃあーっ!!」

男の股間に、恐ろしい痛みが走った。

<やりすぎだ、Y2。少し力を抜いてやれ>

「そうか」

Y2が力を緩めると、潰れる寸前までいったかに思えた男の股間は、いくらか楽になった。
しかしそれでも、急所を握られている痛みに変わりはない。

「マザーシップ、この、二つの丸い臓器が、オスの生殖器なのか?」

<そのようだな。そこで遺伝子を生産し、その上にある管状の器官を通して、体液と共にメスの体内に送り込むらしい>

「なるほど。重要な臓器なだけに、敏感にしているということか。興味深い進化だ」

Y2はつぶやきながら、男の睾丸を手の中で弄ぶように転がし続けた。
その態度には、新種の虫でも観察しているかのような冷静さと、あくまで学術的な好奇心がうかがえた。

「痛いか?」

Y2は男に尋ねた。
男は腕で吊り上げられたまま、大きなアフロヘアーを揺らして、必死にうなずく。

「どのくらい、痛い?」
 
「はっ…はあっ…!」

男は何か叫ぼうとしたが、声にならなかった。

「呼吸器官にも影響が出ているようだ。自律神経系にも作用しているのか。もう少し強く圧迫してみよう」

<了解、Y2>

股間を握りしめるY2の手に、一層の力が込められた。

「ううーっ!! ううっ!! ぐっ…!」

約数秒間、潰れる寸前まで睾丸を圧迫されたことで、男は意識を失ってしまった。
必死にもがいていた状態から、突然、ガクンと首を落とし、全身から力が抜けてしまっている。目は開けられたまま白目をむき、口元から細かい泡が噴き出しはじめた。

「意識を失ったようだ」

Y2が手を離すと、男の体はドサリと地面に落ちてしまった。
見るからに凶悪そうな黒人ギャング二人が気絶している横に、全裸の白人女性が立ち尽くす、奇妙な光景となった。

<Y2、こちらマザーシップ。問題はないか?>

「こちらY2。外傷、その他異常なし。任務遂行に問題ない。この地球人の服をもらう」

Y2はしゃがみこむと、機械的な動作で気絶している男の服を脱がし、なんのためらいもなく、自分でそれを着た。
やがて立ち上がると、そこには男物の服を着た、スタイル抜群の美女がいることとなった。

「こちらY2。地球人の服を手に入れた。これより、任務に戻る」

<了解。Y2、そのまま通信を続けてくれ>

Y2は少しあたりを見回すと、何事もなかったかのように、夜の街に消えていった。




終わり。




「おい、木崎。この企画書お前のか?」

狭い事務所内に声が響いたとき、机に向かって作業をしていた木崎タツヤは、いよいよきたか、という心境で顔を上げた。
数メートル離れたデスクで、社長の北島が白い紙をヒラヒラと振っている。
この会社は無数にあるアダルトビデオメーカーの中でも、小規模な部類に入る。長年、この業界を渡り歩いて独立した北島のワンマン経営といっていい会社だった。
所属しているAV監督たちは週に一回、AVの企画書を出すのが決まりだったが、それが製作に値するかものどうかの最終判断は、基本的に北島に一任されているような形だった。

「この企画書お前のか?」

と聞いてくるときは、あまりいい傾向ではない。
そもそも企画書には製作者の名前が書いてあるわけだから、確認するまでもないのだ。
北島がいい企画書であると判断したときの反応は、「おい木崎、ちょっと来い」であるはずだった。
数年前に映像の専門学校を卒業し、「映画監督になりたい」という夢を持っていた木崎タツヤは立ち上がると、緊張した面持ちで北島のデスクの前に立った。

「はい。自分が書きました」

「おう。お疲れさん」

北島は改めて、タツヤが書いた企画書に目を落とした。

「これはアレだよな。俺がやってみろっていったヤツだよな。ちょっと前に。そうだよな?」

「はい。そうです。遅くなりました」

「おう。お疲れさん」

それが北島の口癖であって、本気で労わっているわけではなかった。
タツヤが北島から言われた仕事というのは、「金蹴りモノのAVを作ってみろ」ということだった。
初めて聞いたときには、その意味が理解できなかった。
調べてみると、昔から一部のマニアックなメーカーがそういった作品を作っており、最近では徐々に数を増やし始めているという。
もちろん、大手のアダルトビデオメーカーが量産するほどの需要はなかったが、この会社のような弱小メーカーは、時にはそういったジャンルに手を出さなければならないこともある。

「多少製作費がかかってもいいから、マニアが好みそうなものを作れ」

というのが、北島の命令だった。
ツボさえついた作品ができれば、マニアはいくらでも金を出すというのが、北島の持論だった。

「まあ、コレな。悪くはないけどな」

北島はつぶやきながら、企画書を読んでいた。
その感想が、最悪から二番目くらいの評価であることは、タツヤもわかっていた。
いい部分を探すのが面倒くさいほどのときに、北島は「悪くない」と言う。

「まずはなんだ、コレ。S系の女優を2,3人使って、金玉を蹴ってもらう、か。衣装はボンデージかミニスカポリスか。革のロングブーツは確定か。ふーん。男はどうすんだ? なんかストーリーはないのか、コレ?」

「はい。男はまあ、それ専門の人間を手配して…。首輪とかつけて、ペットとか奴隷的な感じを出してもいいかと思ってますけど…」

「ああ、なるほどなあ。ふーん。で、ブーツで蹴ったり、膝蹴りしたりして、倒れたら踏むのもアリか。電気あんまとかな。ああ、最初はパンツ履いてんだな、コレ。で、途中から脱がせて、金玉縛ったり、ロウソク使ったりするのか。ああ、スタンガンも使うのか。そうか」

一度読んだはずの企画書を、今、気が付いたかのように読み上げていく。
タツヤにしてみれば、もうこの企画書が書き直しになることは確定しているから、どこを直せばいいのか、北島の真意を探ることに神経を配っている状態だった。

「木崎、お前さあ、コレ書くとき、他の作品とか見たか?」

少々の沈黙の後、北島は不意に尋ねた。

「あ、はい。金蹴りモノの作品なら、何本か見ました…」

今までこういったジャンルの作品を撮ったことのないタツヤは、参考にするため、ほかのメーカーの作品を何本か鑑賞してみた。
しかしながら、これを見てどこに興奮するのか、AV業界に身を置いているタツヤでさえ、さっぱり分からなかった。マニアが喜ぶツボが分からなければ、この手の作品を作ることは難しい。
仕方がないので、今まで世に出た作品の中から少しずつ要素を抜き出し、それをまとめて書き上げたのが、この企画書だったのだが、やはり評価はされなかったようだった。
そもそもノーマルな自分に、そんな作品を撮らせようと思うのが間違いだと、なかば開き直った気持ちで、タツヤは北島のデスクの前に立っていたのである。

「そうか、見たか。でもアレだな。見てもお前、ぜんぜん分かんなかったろ?」

「あ、いや…。まあ…はい…」

本気で自分の企画書を読んだのかと疑っていた北島に易々と見破られ、タツヤはうろたえた。
北島には、さすがに出入りの激しいAV業界で生き抜いてきた男だけに、こういうところがある。
思わぬ時に見せる鋭さにドキリとさせられることが、よくあったのだ。

「だろうなあ」

と、何か考えるような仕草で沈黙した。
タツヤは立ったまま、次の言葉を待たざるを得ない。

「木崎、一つ言っとくけどな。金蹴りはSMじゃねえぞ。ソコを分かってねえなら、売れる作品は作れねえからな」

「は、はい…! 分かりました」

反射的にうなずいてしまったが、どういうことかまったく分からなかった。
この企画書を作るにあたって、タツヤは「金蹴りモノはSMというジャンルの一つ」という印象があったのは確かである。
しかしそれを今、否定された。
男の急所である金玉を蹴られることが痛いことは、タツヤも男であるから、よく分かっている。自分なら絶対、蹴られたくはない。
しかし世の中には、そういった痛みで性的興奮を感じ、自ら痛みを求める人間がいることは、もはや世間的にもよく知られていることだった。
それがSMプレイというもので、そういうマニア向けのアダルトビデオが存在することも不思議ではない。
タツヤ自身はまったく興味がなかったが、それは知識として理解しているつもりだった。
だからこそ、「金蹴りはSMではない」という北島の言葉の意味が、腑に落ちないのである。
SMでないなら、どうしてわざわざ、文字通り死ぬほどの痛みであるはずの金蹴りを受けたいというのか。

「え…と…。社長、それはつまり、どういった…?」

「あ? だから、そのまんまだよ。勘違いしてるヤツが多いんだよな。金蹴りはSMの一つとかよ。ぜんぜん違うんだっつーの。違うジャンルなんだよなあ」

そう言われても、さっぱり分からない。
そう言いたそうなタツヤの顔を見て、北島はさらに続けた。

「アレだろ。お前が見たのって、ドMの男優が来て、女の子にしこたま蹴られたりするヤツだろ? 何回も蹴られて、太ももとか真っ赤になってよ、それでも平気そうなんだよな、アイツら。なんかクッションでも入れてんじゃねえかって思っただろ?」

「あ、はい。そうです。ホントに」

確かにタツヤが見た金蹴りモノのAVでは、覆面をした男優がどれだけ強く股間を蹴り上げられても、ダウンしてしまうことはなかった。
ひょっとすると、すでに金玉が潰れてしまっているのではないかと、タツヤは男だけにそう思ってしまった。

「それで女の子もなあ、女王様系の格好とかして、上から目線なんだよな。『土下座しろ』とか『脚をなめろ』とかな。まあ、SM慣れしてる女の子は、そういう感じだよな」

まさしくその通りだった。
そういった作品を見たからこそ、タツヤもこのジャンルはSMの一つなのだと思ったのである。

「そんで、たまに男がダウンしたらよ、『早く立て』とか、『痛いのが好きなんでしょ』とかな。そうじゃねえってんだよなあ。そういうんじゃねえんだよ、金蹴りってのは」

いつになく熱心に語る北島に、タツヤは少し驚いていた。もしかすると、北島は金蹴りモノに対して個人的な思い入れがあるのではないかと感じた。
普通のセックスシーンを見すぎて慣れてしまい、アブノーマルな性癖を持つようになるのは、この業界ではよく聞く話だった。
しかし今は、この企画をどうすればいいのかという話の方が大事だった。

「そうすると、つまり…この作品はどういった方向性で行けばいいでしょうか?」

尋ねると、北島は沈黙した。
口をへの字に曲げて、じっとタツヤの顔を見ている。

「まあ、自分で考えみろよ。急ぐ話じゃねえから。ゆっくり考えてみな」

肝心なところで具体的なことは言わないというが、北島の癖だった。
あるいは、監督それぞれの発想を大切にしたいという、教育方針といってもいいのかもしれない。売れるかどうかの判断はしてやるが、そこまでの道は自分で考えろと言っているようにも聞こえる。
こう言われると、タツヤも黙ってうなずくことしかできなかった。





アダルトビデオの監督は、忙しい。
特に小規模な会社の場合、タツヤのような若い監督は、先輩監督の手伝いや使い走りをさせられることも多かった。
この日もタツヤは、深夜までスタジオ入りし、撮影の補助や女優の世話など、忙しく立ち回っていた。
次のシーンの準備のため、休憩室で知り合いの女優と二人きりになったとき、ふとタツヤは尋ねてみた。

「アミちゃんってさ、空手かなにかやってたんだっけ? なんとか拳法だっけ?」

「んー? 少林寺拳法のこと? やってたっていうか、ちょっとだけね。段とかは持ってないけど。なんで?」

「いや、あの、あれやったことあるのかなって。何ていうのかな…金蹴り?」

「はあ? 何それ? 金的蹴りのこと?」

「ああ、そう。それ。やったことあるんだ?」

「んー。まあ一応、練習するからね。ていうか、アタシが少林寺始めたのも、もともと護身術って感じだったから。わりと最初の方で習ったよね」

「それって、実際に男相手にやったことある?」

「えー、あるわけないじゃん。ホントに蹴ったらヤバいでしょ。ていうか、アタシ組手とか全然やってなかったし。痣とかできたりしたら、イヤでしょ」

「ああ、そうなんだ。…それってさ、今でもできたりする?」

「何それ? できるっちゃできるけど。アタシに蹴ってほしいってこと?」

自称21歳。ギャル系のノリの良さと外見が受けているAV女優の愛河アミは、笑いながら聞き返してきた。

「うん。まあ…できれば…」

鏡に向かって、まつ毛のエクステをいじっていたアミは、ここで初めてタツヤの方を振り向いた。

「マジで? だって、めっちゃ痛いんじゃないの?」

「まあ、そうだと思うんだけど…。今度さ、そっち系の作品を撮らなくちゃいけなくって。自分でも経験しといた方がいいかなって思うんだよね。痛いのは知ってるけど、蹴られたことはないからさ」

「あー、そういうことかあ。大変だねー」

「お願いできるかな?」

タツヤは立ち上がり、大きく足を広げた。
日常の仕事をこなしながらも、北島に言われたことが、ずっと頭に引っかかっていた。
自分が望んで引き受けた仕事ではなかった、元来が生真面目な性格だった。金蹴りのことを知るためには、まずは自分の身でそれを受けてみるしかないと思ったのだ。

「まー、別にいいけど。痛くても、怒んないでよ?」

ノリのいいアミは、すぐに立ち上がった。
撮影の合間の休憩中のため、全裸にバスローブという出で立ちで、椅子から立ち上がると練習するかのように、右脚を上下させる。

「でも、久しぶりだからなー。うまく当たんないかも」

なるほど、ただ単に脚を上げているだけではなく、きちんと足の甲で目標を狙うような素振りだったが、そのスピードを見る限り、大きなダメージを受けるとは思えなかった。

「じゃあ、やろっか? 準備いい?」

「ああ、うん…。どうぞ!」

やや緊張した面持ちで、タツヤは停止した。
その股間を、アミは凝視する。すっと腰を落として、かまえをとった。

「えい!」

と、アミが脚を振り上げたとき、予想外のことが起こった。
本人も無意識のうちに、タツヤは腰を引いて、アミの蹴りを避けてしまったのである。

「あ! 避けた!」

「あ! ご、ごめん…」

なぜ避けてしまったのか、自分でも不思議だった。今まで一度も金的蹴りを受けたことのないタツヤだったが、男の本能のようなものが、その危険を察知したのか。反射的としか言いようのない行動だった。

「ちょっと! 避けないでよ」

「ごめん…。なんでだろう。つい…」

「やっぱり怖いんじゃないの? やめとこっか?」

アミはなぜか、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
男の弱い部分を垣間見たような、そんな笑い方だった。

「い、いや、そういうわけじゃ…。今度は、目をつぶっとくから。それで蹴ってみてよ」

アミの笑顔を見て、タツヤは言いようのない悔しさを覚えた。
その悔しさがどこから来るものなのかよく分からなかったが、結局それが、ここでやめるわけにはいかないと決心する元となった。

「ああ、なるほどね。じゃあ、声もかけないからね。準備ができたら、言って」

うなずくと、タツヤは目をつぶった。

「どうぞ」

暗闇の中、いつ来るかわからない金的蹴りを待つということに、あまり恐怖は感じなかった。しかしそれは、タツヤが金的蹴りを経験したことがないからこそだったのだと、後に思い知ることになる。

バスッ!

と、ジーパンの股間に足が当たる音がした。
その瞬間、タツヤは目を見開いて、両手で股間を押さえてしまう。

「あいっ!?」

それまで存在を意識していなかった股間のその場所にあるモノから、経験したことのない重苦しい痛みが沸き上がってきた。

「あ…ああ…。う…ん…ああ…!」

意味もなくため息をついて、前かがみになったまま、その場で足踏みを始める。
そうすれば、痛みがまぎれるような気がしたのだ。
しかしその期待ははかなくも裏切られ、痛みはさらに重量を増しながら、体全体、指の先まで広がっていくようだった。
タツヤはたまらず、その場にしゃがみこんでしまった。
それでもなお、痛みは治まることなく、下っ腹を震わすように響いてくる。
結局、なるべく体を動かさず、糸のように細い呼吸をすることが痛みを抑える唯一の方法だと、すぐに悟ることになった。
その間、蹴った方のアミはというと、タツヤの痛がりようを見てまず驚き、次にその一連の動作に面白みを感じたらしく、声を上げて笑い出した。

「あっ! 当たっちゃった? 大丈夫? …ていうか、何? どうしたの? 痛いの? 演技じゃなくて? マジで痛いの? …あー、ちょっと待って。ゴメン、ツボだわ、そのポーズ。マジでウケる。ダッサイなー!」

男が自らの手で股間を押さえて苦しむ様子が、なぜ女性にとって面白いものなのか。それは誰にもわからない。
男性のシンボルである性器は股間にあるが、普段男は、あたかもそこに何もついていないかのようにして生活をしている。
性器をむやみに意識させることは、性欲の対象である女性に対して、卑猥で恥ずかしいことだと、現代社会では考えられているからだろう。
男性器は男の象徴だが、同時に最もプライベートな部分であり、隠さなければならないものだということだ。
しかし金玉の痛みに襲われた男は、そんな見栄もプライドもかなぐり捨てて、痛みのあまり、全力で大切な性器を守ろうする。普段の力強い男の様子とはあまりにもかけ離れたその姿に、女性は面白みを感じてしまうのかもしれなかった。

「そんなに痛いの? 超かるーく蹴ったんだけど。どんな風に痛いの? 立てないの?」

そう聞かれても、説明する気力もなかった。
女に金玉の痛みを説明したところで、何になるだろうという気持ちもある。

「いや…マジで痛い…」
 
小声でそうつぶやくと、それもまたアミにとっては面白かったらしい。手を叩いて喜んでいた。

「やっぱり男の急所なんだねー。超ウケる。アタシも実際に蹴ったことなかったからさ。なんかありがとうね、マジで」

笑いすぎて涙さえ浮かべているアミの表情には、清々しいまでの勝ち誇りがあった。
彼女にそんな顔をされると、タツヤは自然と、自分は敗者なのだと認めざるを得なくなる。
事実、彼女はタツヤを制圧していたのだ。
アミは胸やお尻はそれなりに大きいが、ウエストは細く、手足にもさほどの筋肉がついているようには見えない。
どこからどう見ても、彼女の肉体的な強さはタツヤよりも劣っているはずだった。タツヤだけではない。世の中の男性のほとんどが、彼女と対面したとき、いざとなれば簡単に押し倒せるくらいのことを、心のどこかで考えることだろう。
しかし実際には、彼女のただの一撃で、タツヤは完全に行動不能にされてしまったのだ。
どんなに筋肉の鎧に守られた男でも、この痛みには耐えられない。弱々しいはずの女性の蹴りによって、一撃でノックアウトされてしまうほどの絶対的な急所が、すべての男には生まれながらに備わっているのだ。
この痛みと屈辱は、一時的な性的自尊心の喪失につながるではないかと、のちにタツヤは分析している。

「ていうか、まだ痛いの? ずっと痛いんだね。どうしようかな。こうやって叩くと、良くなるって言ってた気がするけど。トントントンって。こう?」

アミはタツヤのそばにしゃがんで、その腰のあたりを叩いてやった。
確かにそうされると、痛みがわずかながら和らぐ気がして、タツヤは救われる思いだった。

「大変だねー、男って。まあ、女も生理痛とかあるけどさ。どっかぶつけたり、手が当たったりしても痛いんでしょ? それはさすがにムリだなー」

腰を叩くアミの手は柔らかく、タツヤはそこに嫌でも女性の肉体を感じずにはいられなかった。
そして最初からそうだが、彼女の話しぶりには、自分とは無縁の痛みだという意識がある。タツヤが味わっている苦しみは、永遠に自分を襲うことはないという安心感と優越感が感じられるのだ。
女には金玉はついていない。分かり切ったことなのだが、今改めてそれを実感し、それを考えると、タツヤはアミに対して、ためらいながらも羨望の念を抱かずにはいられなかった。
自分も金玉を捨てて女になりたいと、絶望的な痛みの中で思うことがなかったといえば、嘘になる。
しかしその痛みを生み出している金玉は、生まれてから20数年間、自分の体の最も大切な部分として付き合ってきたもので、特に思春期を迎えてからは、男の象徴として誇りと共に守り抜いてきたものだった。
それをかなぐり捨てて、女になりたいなどと思っていいものか。しかしそんなプライドもどうでもよくなるくらい、この痛みは耐えがたい。
そんな葛藤が頭の中を駆け巡るのを、このときタツヤは、俯瞰的な心境で眺めることができた。

「金蹴りはSMじゃねえぞ」

という北島のその言葉の意味が、なんとなく分かりかけたような気がした。





数日後。
狭い事務所内に、また北島の声が響いた。

「おい木崎。ちょっと来い」

言われて、タツヤはすぐに立ち上がった。

「はい。なんでしょう?」

さっぱりとした顔でデスクの前に立ったタツヤを、北島はジロリと見つめた。

「お前の書いた、この企画書な。いいんじゃねえの。よくできてるよ」

その言葉が、最上級に近いくらいのものであることを、タツヤは分かっている。

「しかしお前コレ、『金玉を蹴る女達シリーズ』って。もうシリーズ化する気かよ。早いだろうが」

「あ、はい。それは…すいません」

「まあ、いいけどよ。最初はなんだ、コレ。『恥じらい金蹴り。お嬢様たちの護身術教室』って。女子校生か、コレは?」

「はい。そうです」

「お嬢様学校に通う女子校生が、護身術を学ぶために男たちの金玉を蹴り上げるって話か。ふーん。脱がねえのか、女子校生は?」

「はい。基本的には。蹴るときに、パンチラくらいは見えると思います。あとはブルマとかスクール水着くらいで。できるだけおとなしめの女優を使っていきたいと思っています」

「男はどんなヤツだ?」

「黒服とか、マッチョなボディガードみたいな男がベストだと思っています。普段は体を張ってお嬢様を守っているみたいな設定で」

「M男を使うのか?」

「いえ。普通の男でいいです。蹴った時の女の子のリアクションが欲しいので、そのあたりでセリフとかを練って、スローとかを挟んで、尺をとりたいと思っています」

北島は、ニヤリと笑った。

「ココに書いてあるな。『か弱いはずのお嬢様たちが、屈強な男たちを次々と金蹴りでノックアウト。しかし、痛めつけるだけではないのがお嬢様。金玉の痛みに苦しむ男たちを、丁寧に介抱してあげます』。結局、抜くのか、コレは?」

「そうですね。手コキくらいはしないと、形にならないかなと思ったので。ただそれも、チンポ観察とかセンズリ鑑賞とか、そんなノリで…」

「お嬢様だからな。恥じらいは大事だ」

北島は自分で言って、うなずいていた。
なぜか興奮してきている様子だったが、タツヤは黙って見ていた。

「次はコレか。『逆襲の金蹴り。特命痴漢捜査官の金玉潰し』。コレはどうなんだ?」

そこに書いてあるだろうと言いたかったが、仕方がないので説明することにした。

「痴漢にあって心に傷を負ったOLか女子大生が、特命痴漢捜査官というのになって、電車とかで痴漢を金蹴りで退治していく感じになります。蹴りだけじゃなくて、握ったり、道具を使ったり、色々できるかと思うんですけど…」

「おう、道具をな。なんかこう、日常にあるヤツがいいな。傘とか、ハンドバッグの角とかな」

「ああ、はい。そうですね。それで、エロの要素としては、まず自分がおとりになって痴漢させないといけないので、そのあたりで少し入れられるかなと思ってます」

「おう。そのくらいだな。そのくらいでいいぞ。コレはアレか。金玉潰しってなってるけど、最後には潰すのか?」

「どうでしょう。リアルには無理ですけど。そういう演出はあってもいいかな、と。潰す前に最後の射精をさせてやるって要素も入れられるかもしれないんですが…」

「最後の射精! そうだな、そういうことになるなあ」

普段、絶対に見せることのない北島の笑みが、そこにあった。

「それで、次はコレか。「真剣金蹴り。金玉強化合宿」。コレはまた面白そうだな?」

「はい。それはまあ、けっこう人手がいりそうなんですけど…。空手とかの部活の合宿のイメージで。試合に勝てない男子部員たちを、女子部員たちが鍛えなおしてやるという設定になります」

「空手女子か。そうか。鍛えなおすってことは、金玉を蹴るのか?」

「はい。根性をつけるためにとか言って、金蹴りするんですが、勝ち抜き戦にして、最後まで耐えられたらご褒美セックスとかもアリかと思うんですけど…」

「おう、そうか。そうだなあ。…いや、待て。こういうのはどうだ? 女子は金蹴りしか狙わないと宣言して、試合をする。男子は金玉だけは守ろうとするんだが、色々な技を使われて、結局女子に蹴られてしまう。難しいか?」

「そう…ですね…。試合とかはけっこう難しいかもしれませんが…。検討します」

「おう。検討しろ! 最後は何だ。『愛の金蹴り。金玉を蹴ってハワイに行こう』。どういうことだ、お前、コレは?」

「ああ、それはもう、ちょっとシャレで書いてみたんですけど…。カップルをいくつか集めて、お互いに相手の彼氏に金蹴りして、ダウンしないで勝ち抜いたカップルが優勝ってことで。それで、ハワイに行くみたいな…。でもこれは、さすがに予算がかかりますよね」

北島は突然、立ち上がった。
めったに見せることのない真剣な表情に、タツヤはちょっとたじろいでしまう。

「木崎、最後に聞くぞ。金玉蹴られると、痛いと思うか?」

「は、はい。死ぬほど痛いです」

「そうだ。このお前の企画書な、コレに出てくる男優は、金玉蹴られたいと思うか?」

「いえ。蹴られたくありません。そういう男優は使いたくありません。でも、そこが問題で…。M男じゃない人をどうやって集めるかなんですけど。やっぱりギャラを上げるしかないかと…」

北島は、目の前のタツヤの肩を両手で叩いた。

「金を使えよ! どんどん使え! 最初に言っただろうが。ツボさえおさえれば、マニアはいくらでも金を出すってな!」

「あ、は、はい…」

その勢いに、タツヤは面食らってしまった。
北島は椅子に座ると、再び企画書を手に取って、ニヤニヤしながら読み返し始めた。

「なんだよ、分かってんじゃねえか。金蹴りモノってのはなあ、女が主役じゃねえんだよ。男が主役なんだよなあ。そういうことなんだよなあ」

独り言のように、つぶやいている。
タツヤは、想像以上の北島の高評価に驚いていたが、まだいくらかの不安があった。

「あの、社長…。でもこれ、ホントに売れるんでしょうか? いくらマニアでも、けっこう…」

「ああ? バカ。売れなくてもいいよ、もう。俺が見るからよ。心配すんな」

「あ、はあ…」

「そうだよ。だからお前、シリーズとか細かいこと言ってないで、一気に全部作っちまえよ。今なんかやってたっけか? それも一旦やめて、こっちを最優先しろ」

つまりは、そういうことだったのだ。
この企画は、北島自身のためのもので、売れても売れなくても関係なかったのだ。
拍子抜けした気分だったが、アダルトビデオメーカーの社長ともなれば、そのくらいのことをしてもいいだろうと思った。
あるいは自分もいつか、自分の趣味を百パーセント満足させるようなAVを撮る日がくるのかもしれない。それもまた、面白そうだ。
しかしそう考えると、ふとした疑問が、タツヤの頭をよぎった。

「あの、社長…。一つ聞いていいですか?」

「おう。なんだよ?」

「なんで社長は、自分で金蹴りモノを作ろうと思わなかったんですか?」

そう尋ねると、北島はちょっと面食らったような顔をして、やがてニヤリと笑った。

「木崎、お前よ、自分が撮ったAVで抜けるか?」




終わり。


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